新書 / 官人
柔色傴僂,唯諛之行,唯言之聽,以睚眦之間事君者,廝役也。故與師爲國者帝,與友爲國者王,與大臣爲國者伯,與左右爲國者彊,與侍御爲國者若存若亡,與廝役爲國者亡可立待也。
新字:柔色傴僂,唯諛之行,唯言之聴,以睚眦之間事君者,廝役也。故与師為国者帝,与友為国者王,与大臣為国者伯,与左右為国者彊,与侍御為国者若存若亡,与廝役為国者亡可立待也。
書き下し
柔色傴僂して、唯だ諛の行い、唯だ言の聴き、睚眦の間を以て君に事うる者は、廝役なり。故に師と国を為む者は帝たり、友と国を為む者は王たり、大臣と国を為む者は伯たり、左右と国を為む者は彊く、侍御と国を為む者は存するが若く亡ぶが若く、廝役と国を為む者は亡ぶこと立ちどころに待つ可し。
現代語訳
やさしい顔で身をかがめ、ただへつらうことだけを行い、ただ言うことだけを聞き、ちょっとした目配せの間の機嫌で君に仕える者が、廝役です。だから、師と国を治める者は帝となり、友と国を治める者は王となり、大臣と国を治める者は覇者となり、左右と国を治める者は強くなり、侍御と国を治める者は存続しているようでもあり亡びているようでもあり、廝役と国を治める者は、立ったまま待つうちに亡びます。
解説
前段の六等のうち、最下位の廝役を定義し、誰と国を治めるかで国の格が決まると続ける、短くも強い段です。廝役の特徴は、へつらい、言われた通りに聞き、目配せだけで機嫌をうかがう姿勢にあります。賈誼の列挙は、帝・王・伯・彊・存亡の間・亡の六段階になっており、師を側に置くか、廝役を側に置くかで、国の姿は天地ほど変わるという主張です。現代の経営でも、幹部や相談役の顔ぶれは、組織の上限を決めます。気持ちよく聞いてくれる人ばかりでは、事業が危機に気づくのが遅れます。自分の側近を点検するとき、評価基準にすべきなのは、仕えやすさでなく、自分に足りないものを言ってくれるかどうかです。
この章句が説くこと
官人廝役へつらい側近帝王新書
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