新書 / 春秋
晉文公出畋,前驅還白,前有大蛇,高若堤,橫道而處。文公曰:「還車而歸。」其御曰:「臣聞:『祥則迎之,見嬌則淩之。』今前有妖,請以從吾者攻之。」文公曰:「不可。吾聞之曰:『天子夢惡則脩道,諸侯夢惡則脩政,大夫夢惡則脩官,庶人夢惡則脩身。若是,則禍不至。』今我有失行,而天招以夭,我若攻之,是逆天命也。」乃歸。齊宿而請於廟曰:「孤實不佞,不能尊道,吾罪一。執政不賢,左右不良,吾罪二。飭政不謹,民人不信,吾罪三。本務不脩,以咎百姓,吾罪四。齊肅不莊,粢盛不潔,吾罪五。請興賢遂能而章德行善,以道百姓,毋復前過。」乃退而脩政。居三月,而夢天誅大蛇,曰:「爾何敢當明君之路!」文公覺,使人視之,蛇已魚爛矣。文公大說,信其道而行之不解,遂至於伯。
新字:晋文公出畋,前駆還白,前有大蛇,高若堤,横道而処。文公曰:「還車而帰。」其御曰:「臣聞:『祥則迎之,見嬌則淩之。』今前有妖,請以従吾者攻之。」文公曰:「不可。吾聞之曰:『天子夢悪則脩道,諸侯夢悪則脩政,大夫夢悪則脩官,庶人夢悪則脩身。若是,則禍不至。』今我有失行,而天招以夭,我若攻之,是逆天命也。」乃帰。斉宿而請於廟曰:「孤実不佞,不能尊道,吾罪一。執政不賢,左右不良,吾罪二。飭政不謹,民人不信,吾罪三。本務不脩,以咎百姓,吾罪四。斉粛不荘,粢盛不潔,吾罪五。請興賢遂能而章徳行善,以道百姓,毋復前過。」乃退而脩政。居三月,而夢天誅大蛇,曰:「爾何敢当明君之路!」文公覚,使人視之,蛇已魚爛矣。文公大説,信其道而行之不解,遂至於伯。
書き下し
晋の文公出でて畋す。前駆還りて白す、「前に大蛇有り、高きこと堤の若く、道に横たわりて処る」と。文公曰く、「車を還して帰れ」と。其の御曰く、「臣聞く、『祥なれば則ち之を迎え、嬌を見れば則ち之を淩ぐ』と。今前に妖有り。請う、吾に従う者を以て之を攻めん」と。文公曰く、「不可なり。吾之を聞く。曰く、『天子の夢悪ければ則ち道を脩め、諸侯の夢悪ければ則ち政を脩め、大夫の夢悪ければ則ち官を脩め、庶人の夢悪ければ則ち身を脩む。是くの若くならば、則ち禍至らず』と。今我に失行有り、而して天招くに夭を以てす。我若し之を攻めば、是れ天命に逆らうなり」と。乃ち帰る。斎宿して廟に請いて曰く、「孤は実に不佞にして、道を尊ぶ能わず。吾が罪の一なり。政を執りて賢ならず、左右不良なり。吾が罪の二なり。政を飭むること謹まず、民人信ぜず。吾が罪の三なり。本務脩まらず、以て百姓を咎む。吾が罪の四なり。斎肅にして荘ならず、粢盛潔からず。吾が罪の五なり。請う、賢を興し能を遂げ、徳を章らかにし善を行い、以て百姓を道き、復た前過毋からん」と。乃ち退きて政を脩む。居ること三月にして、天の大蛇を誅するを夢みる。曰く、「爾何ぞ敢えて明君の路に当たるか」と。文公覚め、人をして之を視しむるに、蛇已に魚爛せり。文公大いに説び、其の道を信じて之を行いて解らず、遂に伯に至る。
現代語訳
晋の文公が狩りに出ました。先駆けが戻って告げました。「前に大蛇がいます。高さは堤のようで、道に横たわっています」。文公は言いました。「車を戻して帰ろう」。御者が言いました。「私はこう聞いています。『吉兆なら迎え、不吉の兆しなら乗り越える』と。いま前に妖怪がいます。どうか私どもの供の者で攻めさせてください」。文公は言いました。「いけない。私はこう聞いている。『天子が悪い夢を見れば道を修め、諸侯が悪い夢を見れば政を修め、大夫が悪い夢を見れば役目を修め、庶民が悪い夢を見れば身を修める。そうすれば災いは来ない』と。いま私に失った行いがあり、天は早死にの兆しで招いている。私がもしこれを攻めたら、それは天命に逆らうことだ」。そして帰りました。斎戒して廟に願い出て言いました。「私は実に不才で、道を尊ぶことができません。これが私の第一の罪です。政を執りながら賢明でなく、左右の者も良くありません。これが第二の罪です。政の整え方が慎重でなく、民が信じません。これが第三の罪です。本来の務めを修めず、民を咎めました。これが第四の罪です。斎戒が厳かでなく、供え物の穀物が清らかでありませんでした。これが第五の罪です。どうか賢者を興し、有能な者を伸ばし、徳を明らかにして善を行い、民を導き、再び以前の過ちを犯さないようにします」。そして退いて政を修めました。三か月たったころ、天が大蛇を誅する夢を見ました。「お前はなぜ明君の道に立ちはだかるのか」と言っています。文公は目を覚まし、人に見に行かせたところ、蛇はすでに魚のように腐っていました。文公は大いに喜び、その道を信じて行い続け、ついに覇者となりました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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史記 秦本紀繆公客礼を以て之を礼し、戎を伐つの形を問ふ。三十六年、繆公復た益孟明等を厚くし、兵を将ゐて晋を伐たしむ。河を渡りて船を焚き、大いに晋人を敗り、王官及び鄗を取り、以て殽の役に報ゆ。晋人皆城守して敢へて出でず。是に於て繆公乃ち茅津より河を渡り、殽中の尸を封じ、為に喪を発し、之を哭すること三日。乃ち軍に誓ひて曰く、「嗟士卒、聴きて譁しき無かれ、余誓ひて汝に告ぐ。古の人は謀るに黄髪番番たるに則れば、則ち過つ所無し」と。以て蹇叔・百里傒の謀を用ゐざりしを申思す。故に此の誓を作り、後世をして以て余が過ちを記さしむ。君子之を聞き、皆為に涕を垂れて、曰く、「嗟乎、秦の繆公の人に与すること周きや、卒に孟明の慶を得たり」と。三十七年、秦由余の謀を用ゐて戎王を伐ち、国を益すこと十二、地を開くこと千里、遂に西戎に霸たり。天子召公過をして繆公を賀するに金鼓を以てせしむ。
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尚書・秦誓公曰く、「嗟(ああ)!我が士よ。聴きて嘩しくすること無かれ。予誓ひて汝に群言の首を告ぐ。古人言へる有り、曰く、『民は自ら是くの若くするを訖せば、盤しむこと多し。
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『呻吟語』内篇・修身・腳を放ちて行けば日日長進を見る頭を回らせて看れば、年年過差有り。腳を放ちて行けば、日日長進を見る。
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『家道訓』巻之四・用財上一士として、財利をむさぼり、吝嗇にして廉恥の志なく、親戚故旧の貧窮をめぐまず、われにしたしき人、我が采地の農人などの飢饉を見ても、心つよくしてすくはず。親戚朋友の礼義をつとめず。或は、あたふべき者にあたへず、取るまじき物をとり、人の財を用ひてつぐのはず。もしこの事我が身に一もあらば、是をいましむべし。人のよきあしきを見るも、皆我が身のかがみなり。善を見ては是を学び、悪を見ては我が身にも是ありやとかへりみるべし。如此すれば、人の善悪を見て、皆我か身の益となる。人の悪しきを謗らずして、我が身を省るべし。およそ鰥寡孤独貧窮にしてたよりなきもの、我が分にしたがひ、力の及ぶほどはすくふべし。これをすくふに財ををしむべからず。
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「人を愛して親しまずんば、其の仁に反れ。人を治めて治まらずんば、其の智に反れ。人を禮して答えずんば、其の敬に反れ。行いて得ざる者有れば、皆諸を己に反求す。其の身正しければ天下之に歸す。詩に云う、『永く言、命を配し、自ら多福を求む。』」
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『講孟余話』公孫丑下 第四章牛羊の喩へ甚だ好し。牛羊は人家に畜ふ所にして、一日も牧と芻となければ済まざるは人々知る所なり。況や民庶に至りては牛羊の比すべきに非ず。而るに窮民街に叫び、餓莩途に充つれども、却つて是れを知らず、是れを顧みず、是れ大いに怪しむべきに非ずや。是れ他なし、民を視ること牛羊に如かず、民を親しむこと牛羊に如かざるに由るなり。噫、民を牧する者、能く牛羊を牧するの心を以てせば、不仁の譏りを免れんか。若し夫れ罪を知りて改めざる者は、真に如何ともすべからざるの人なり。人の患は罪を犯して罪を知らざるにあり、是れ誠に憐むべし。今他人ありて其の罪を告げ知らしむ、其の人自ら罪を知る、而るに猶ほ且つ改めず、然れば則ち又更に告ぐべき様なし。世間を歴観するに此くの如きの人甚だ多し。共に忠孝仁義の美なるをも知り、不忠不孝不仁不義の悪なるをも知りつれども、其の行を省みれば、一つとして忠孝仁義に似たることなき者あり。是れ罪を知りて改めざる者にして、孔距心・宣王の流なり。
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