新書 / 容經
人主大淺則知闇,太博則業厭,二者異失同敗,其傷必至。故師傅之道,既美其施,又慎其齊;適疾徐,任多少;造而勿趣,稍而勿苦;省其所省,而堪其所堪。故力不勞而身大盛,此聖人之化也。
新字:人主大浅則知闇,太博則業厭,二者異失同敗,其傷必至。故師傅之道,既美其施,又慎其斉;適疾徐,任多少;造而勿趣,稍而勿苦;省其所省,而堪其所堪。故力不労而身大盛,此聖人之化也。
書き下し
人主大いに浅ければ則ち知闇く、太だ博ければ則ち業厭く、二者は失を異にして敗を同じくし、其の傷必ず至る。故に師傅の道は、既に其の施しを美し、又其の斉を慎む。疾徐を適にし、多少を任ず。造りて趣すこと勿く、稍して苦しむること勿し。其の省すべき所を省し、其の堪うる所に堪えしむ。故に力労れずして身大いに盛んなり。此れ聖人の化なり。
現代語訳
君主への教えが浅すぎれば知恵が暗くなり、広すぎれば学業にうんざりします。この二つは失敗の原因は違っても、結果は同じ失敗になり、その傷は必ず出ます。だから師や傅の道は、教える内容を良くし、さらにその揃え方を慎みます。速さと遅さを適切に調整し、多さと少なさを相手に応じて加減します。進めさせても急がせず、少しずつ進めて苦しませません。省くべきところは省き、耐えられる範囲だけ耐えさせます。だから力を消耗せず、身は大いに成長します。これが聖人の感化です。
解説
君主の教育で、浅すぎても広すぎてもいけないという、教え方の加減を述べた短い段です。賈誼は、失敗の原因は違っても結果は同じだ、という言い方で、過不足の両方をはっきり戒めています。続く教え方の技術が具体的で、速さと量を調整し、急かさず、少しずつ進め、省けるところは省き、耐えられる範囲に限る、というものです。詰め込みも放任も良くない、という立場です。人材育成の現場にそのまま使える見方で、新人や後継者に仕事を教えるとき、量とペースを相手の力に合わせれば、消耗せずに力が伸びます。育てる側の腕は、教える内容より、加減の判断に表れます。
この章句が説くこと
師傅教え方加減育成後継者新書
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