新書 / 傅職
左右前後,莫非賢人以輔相之,摠威儀以先後之,攝體貌以左右之,制義行以宣翼之,章恭敬以監行之,勤勞以勸之,孝順以內之,敦篤以固之,忠信以發之,德言以揚之,此所謂順者也。此傅人之道也,非賢者不能行。天子不諭於先聖人之德,不知君國畜民之道,不見禮義之正,不察應事之理,不博古人之典傳,不僩於威儀之數,詩書禮樂無經,天子學業之不法,凡此其屬,太師之任也。古者齊太公職之。天子不恩於親戚,不惠於庶民,無禮於大臣,不中於刑獄,無經於百官,不哀於喪,不敬於祭,不直於戎事,不信於諸侯,不誠於賞罰,不厚於德,不彊於行,賜予侈於左右近臣,𠫤授於疏遠卑賤,不能懲忿忘欲,大行、大禮、大義、大道,不從太師之教,凡此其屬,太傅之任也。古者魯周公職之。
新字:左右前後,莫非賢人以輔相之,摠威儀以先後之,摂体貌以左右之,制義行以宣翼之,章恭敬以監行之,勤労以勧之,孝順以内之,敦篤以固之,忠信以発之,徳言以揚之,此所謂順者也。此傅人之道也,非賢者不能行。天子不諭於先聖人之徳,不知君国畜民之道,不見礼義之正,不察応事之理,不博古人之典伝,不僩於威儀之数,詩書礼楽無経,天子学業之不法,凡此其属,太師之任也。古者斉太公職之。天子不恩於親戚,不恵於庶民,無礼於大臣,不中於刑獄,無経於百官,不哀於喪,不敬於祭,不直於戎事,不信於諸侯,不誠於賞罰,不厚於徳,不彊於行,賜予侈於左右近臣,𠫤授於疏遠卑賤,不能懲忿忘欲,大行、大礼、大義、大道,不従太師之教,凡此其属,太傅之任也。古者魯周公職之。
書き下し
左右前後、賢人を以て之を輔相せざる莫く、威儀を摠べて以て之に先後し、体貌を摂めて以て之に左右し、義行を制して以て之を宣翼し、恭敬を章らかにして以て之を監行し、勤労以て之を勧め、孝順以て之を内れ、敦篤以て之を固め、忠信以て之を発し、徳言以て之を揚ぐ、此れ所謂順なる者なり。此れ人に傅くの道なり、賢者に非ざれば行う能わず。天子先聖人の徳に諭らず、君国畜民の道を知らず、礼義の正を見ず、事に応ずるの理を察せず、古人の典伝に博からず、威儀の数に僩ならず、詩書礼楽経無し、天子の学業法らざること、凡そ此の属は、太師の任なり。古者斉の太公之を職とす。天子親戚に恩あらず、庶民に恵あらず、大臣に礼無く、刑獄に中らず、百官に経無く、喪に哀しまず、祭に敬せず、戎事に直ならず、諸侯に信ならず、賞罰に誠ならず、徳に厚からず、行に彊からず、賜予は左右近臣に侈り、𠫤授は疏遠卑賤に、忿りを懲らし欲を忘るる能わず、大行・大礼・大義・大道、太師の教に従わざること、凡そ此の属は、太傅の任なり。古者魯の周公之を職とす。
現代語訳
周囲の前後左右にはすべて賢人を置いて補佐させ、威儀を総括して先導し、容姿や態度を整えて側に付き、義にかなった行いを定めて助け、恭敬を明らかにして見守り、勤労を励まし、孝と従順に導き入れ、誠実さで固め、忠信で引き出し、徳のある言葉で称える。これが「順」というものです。これは人を補佐する道であり、賢者でなければ行えません。天子が先の聖人の徳に通じず、国を治め民を養う道を知らず、礼義の正しさを見ず、事に応じる道理を察せず、古人の典籍に広くなく、威儀の作法に慣れず、詩・書・礼・楽に筋道がない、天子の学業が手本に則さない、このたぐいは太師の職分です。昔は斉の太公がこれを務めました。天子が親族に恩を施さず、庶民に恵まず、大臣に礼がなく、刑罰が適正でなく、百官に筋道がなく、喪に哀しまず、祭に敬わず、軍事に率直でなく、諸侯に信がなく、賞罰に誠がなく、徳に厚くなく、行いに強くなく、褒美は側近に偏って多く、疎遠な者や身分の低い者への授与には(一句読みが定まりません)、怒りを抑え欲を忘れることができず、大きな行い・礼・義・道について太師の教えに従わない、このたぐいは太傅の職分です。昔は魯の周公がこれを務めました。
解説
この章句が説くこと
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『晏子春秋』問下・景公問國如何則謂安晏子對以內安政外歸義/景公問諸侯孰危晏於對以莒其先亡景公、晏子に問いて曰く、「国如何なれば則ち安しと謂う可きか」と。晏子対えて曰く、「下に諱言無く、官に怨治無く、通人は華ならず、窮民は怨まず、喜楽に羨賞無く、忿怒に羨刑無く、上は士に礼有り、下は民に恩有り。地博くして小を兼ねず、兵強くして弱を劫かさず。百姓、内は其の政を安んじ、外は其の義に帰す。安しと謂う可し」と。景公、晏子に問いて曰く、「当今の時、諸侯孰れか危うき」と。晏子対えて曰く、「莒、其れ先ず亡びんか」と。公曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「地は斉に侵され、貨は晋に竭く。是を以て亡ぶなり」と。
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『新書』保傅明堂の位に曰く、「仁に篤くして学を好み、多聞にして道順なり。天子疑えば則ち問い、応じて窮まらざる者、之を道と謂う。道とは、天子を道くに道を以てする者なり。常に前に立つ、是れ周公なり。誠立ちて敦く断じ、善を輔けて義を相くる者、之を輔と謂う。輔とは、天子の意を輔くる者なり。常に左に立つ、是れ太公なり。潔廉にして切直、過ちを匡して邪を諫むる者、之を拂と謂う。拂とは、天子の過ちを拂う者なり。常に右に立つ、是れ召公なり。博聞彊記、捷給にして善く対うる者、之を承と謂う。承とは、天子の遺忘を承くる者なり。常に後ろに立つ、是れ史佚なり。故に成王中に立ちて朝を聴けば、則ち四聖之を維ぎ、是を以て慮りて計を失う無く、挙げて過事無し」と。殷周の長久なる所以は、其の天子を輔翼するに此の具有ればなり。
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『翁問答』下卷之本体充問曰、国大名或はその家老たる人の第一にあしき疵は、いづれにておはし候や。師の曰、私の一字なり、私なる人は必ず気随なり、気随なる人は必人の異見をきゝいれず、世のそしりをかへりみず、偏に我心まかせにしてすぎたる事をばあしき事にてもよしととりなし、夜も日もあけざる様にこのみふけり、我すかざる事なれば、よきことおもそしりをとしめて取あげず、合口よきものをば小人侫人をも近けたのしみ功なきに知行を加恩し、罪あるにも刑をほどこさずあいくちあしければ久功忠節のものをもうとみちかづけず、功ありても賞をあたへず、罪なきに刑をくはふる如きの不義不道の作法しをき、みな私の心根よりはびこり出たる枝葉なり、此の如くあれば、国法軍法みなみだれて終にその国ほろぶるものなり、かりそめにも気随の念おこる時は、我身をうしなひ、国を亡ぼし、家を破ぶる魔心なりとおそれつゝしむべし。
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『長短経』将体故に将諫を拒めば、則ち英雄散ず。策従われざれば則ち謀士叛く。善悪同じければ、則ち功臣倦む〔賞罰明らかならず、善悪異なる無ければ、則ち功有るの臣皆懈倦するなり〕。将己を専らにすれば則ち下咎を帰す〔己を専らにして自ら任じ、下と謀らざれば、衆皆罪を将に帰して之を責む〕。将自ら臧しとすれば、則ち下功少なし〔臧は、善なり。将自ら勲を伐り、下を忘れて自ら用うる者、故に功少なしと曰うなり〕。将讒を受くれば、則ち下離心有り。将財を貪れば、則ち奸禁ぜず〔上貪れば、則ち下益々なり〕。将内顧すれば、則ち士卒淫す〔内顧は、妻妾を思うなり〕。将一有れば、則ち衆服せず。二有れば、則ち軍に試無し〔試は、法なり〕。三有れば、則ち軍乖背す。四有れば、則ち禍国に及ぶ。
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呂氏春秋・分職⑥衛の靈公、天寒くして池を鑿たんとす。宛春諫めて曰く、「天寒くして役を起こす、民を傷らんことを恐る。」公曰く、「天寒きか。」宛春曰く、「公は狐裘を衣、熊席に坐し、陬隅に竈有り。是を以て寒からず。今民は衣弊れて補わず、履決して組せず。君は則ち寒からず、民は則ち寒し。」公曰く、「善し。」役を罷めしむ。左右以て諫めて曰く、「君池を鑿たんとするに、天の寒きを知らざるなり。而して春や之を知る。春の之を知るを以てして、之を罷めしめば、福は將に春に歸せんとして、怨みは將に君に歸せんとす。」公曰く、「然らず。夫れ春は、魯國の匹夫なり、而して我之を舉ぐ。夫れ民は未だ見ること有らず。今將に民をして此を以て之を見しめんとす。且つ春や善有るは、寡人に於て有るなり。春の善は、寡人の善に非ざるか。」靈公の宛春を論ずる、君道を知ると謂う可し。君たる者は固より任無し。而して職を以て任を受く。工拙は下なり、賞罰は法なり。君奚ぞ事とせんや。是の若くすれば則ち賞を受くる者は德とすること無くして、誅に抵る者は怨むこと無し。人自ら反みるのみ。此れ治の至なり。
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『晏子春秋』諫上・景公飲酒酲三日而後發晏子諫景公酒を飲み、酲え、三日にして後に発す。晏子見えて曰く、「君酒に病むか」と。公曰く、「然り」と。晏子曰く、「古の酒を飲むや、以て気を通じ好みを合わするに足るのみ。故に男は群れ楽しみて以て事を妨げず、女は群れ楽しみて以て功を妨げず。男女の群れ楽しむは、觴を周らすこと五献、之を過ぐる者は誅す。君身ら之を服す、故に外に怨治無く、内に乱行無し。今一日酒を飲みて、三日之に寝ね、国は外に怨を治め、左右は内に乱る。刑罰を以て自ら防ぐ者は、非を為すに勧み、賞誉を以て自ら勧むる者は、善を為すに惰る。上は徳行を離れ、民は賞罰を軽んじ、国を為む所以を失えり。願わくは君之を節せよ」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
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