新書 / 容經
志有四興:朝遷之志,淵然清以嚴;祭祀之志,諭然思以和;軍旅之志,怫然慍然精以厲;喪紀之志,漻然㵞然憂以湫。四志形中,四色發外,維如□□□□□□。志色之經。容有四起:朝廷之容,師師然翼翼然整以敬;祭禮之容,遂遂然粥粥然敬以婉;軍旅之容,湢然肅然固以猛;喪紀之容,怮然懾然若不還。容經。視有四則:朝廷之視,端㳅平衡;祭祀之視,視如有將;軍旅之視,固植虎張;喪紀之視,下㳅垂綱。視經。言有四術:言敬以和,朝廷之言也;文言有序,祭祀之言也;屏氣折聲,軍旅之言也;言若不足,喪紀之言也。言經。固頤正視,平肩正背,臂如抱鼓,足間二寸,端面攝纓,端股整足。體不搖肘曰經立,因以微磬曰共立,因以磬折曰肅立,因以垂佩曰卑立。立容。
新字:志有四興:朝遷之志,淵然清以厳;祭祀之志,諭然思以和;軍旅之志,怫然慍然精以厲;喪紀之志,漻然㵞然憂以湫。四志形中,四色発外,維如□□□□□□。志色之経。容有四起:朝廷之容,師師然翼翼然整以敬;祭礼之容,遂遂然粥粥然敬以婉;軍旅之容,湢然粛然固以猛;喪紀之容,怮然懾然若不還。容経。視有四則:朝廷之視,端㳅平衡;祭祀之視,視如有将;軍旅之視,固植虎張;喪紀之視,下㳅垂綱。視経。言有四術:言敬以和,朝廷之言也;文言有序,祭祀之言也;屏気折声,軍旅之言也;言若不足,喪紀之言也。言経。固頤正視,平肩正背,臂如抱鼓,足間二寸,端面摂纓,端股整足。体不揺肘曰経立,因以微磬曰共立,因以磬折曰粛立,因以垂佩曰卑立。立容。
書き下し
志に四興有り。朝遷の志は、淵然として清く以て厳なり。祭祀の志は、諭然として思い以て和す。軍旅の志は、怫然慍然として精しく以て厲し。喪紀の志は、漻然㵞然として憂い以て湫む。四志中に形れ、四色外に発し、維れ□□□□□□の如し。志色の経なり。容に四起有り。朝廷の容は、師師然翼翼然として整い以て敬す。祭礼の容は、遂遂然粥粥然として敬い以て婉なり。軍旅の容は、湢然肅然として固く以て猛し。喪紀の容は、怮然懾然として還らざるが若し。容経なり。視に四則有り。朝廷の視は、端㳅平衡。祭祀の視は、視ること将有るが如し。軍旅の視は、固植虎張。喪紀の視は、下㳅垂綱。視経なり。言に四術有り。言敬以て和なるは、朝廷の言なり。文言序有るは、祭祀の言なり。気を屏め声を折るは、軍旅の言なり。言足らざるが若きは、喪紀の言なり。言経なり。頤を固め視を正し、肩を平らにし背を正し、臂は鼓を抱くが如く、足の間は二寸、面を端しくし纓を摂め、股を端しくし足を整う。体に肘を搖がさざるを経立と曰い、因りて以て微磬するを共立と曰い、因りて以て磬折するを粛立と曰い、因りて以て佩を垂るるを卑立と曰う。立容なり。
現代語訳
心の持ち方には四つの起こり方があります。朝廷に上がるときの志は、深く静かに清らかで、厳かです。祭祀のときの志は、穏やかに思いをこめて和やかです。軍旅のときの志は、むっと奮い立ち、細やかで厳しい。喪のときの志は、ひっそり深く沈み、憂いに満ちています。この四つの志が内に形づくられ、四つの顔色が外に現れ、(欠字)のようです。これが志と顔色の常道です。立ち居の姿にも四つの起こりがあります。朝廷での姿は、整って慎み深く敬いにあふれ、祭礼での姿は、しなやかでゆったりと敬いつつ柔らかく、軍旅での姿は、引き締まって固く猛々しく、喪のときの姿は、悲しみに打たれ畏れて、戻ってこないかのようです。これが姿の常道です。まなざしにも四つの規則があります。朝廷では端正に水平に保ち、祭祀では将に何かを授かるかのように見つめ、軍旅ではしっかり据えて虎のように見張り、喪のときは目を伏せて垂れた綱のように落とします。これが視線の常道です。言葉にも四つの術があります。言葉が敬いつつ和らぐのは朝廷の言葉、飾った言葉が順序立っているのは祭祀の言葉、息をひそめ声を切るのは軍旅の言葉、言葉が足りないかのようなのは喪の言葉です。これが言葉の常道です。あごを引き締めて視線を正し、肩を水平に背筋を伸ばし、腕は太鼓を抱くように、足の間は二寸あけ、顔を正して冠の紐を整え、腿をまっすぐに足をそろえます。体を動かさず肘も揺らさないものを経立といい、そこから軽く腰を曲げるものを共立、さらに折り曲げるものを粛立、さらに佩玉を垂れるものを卑立といいます。これが立ち姿です。
解説
この章句が説くこと
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『慎思録』巻之一史を看て経を専らにせざれば、則ち其の蔽や、流蕩して返ることを忘る。詞章に耽嗜すれば、則ち心之が為に累はさる。物を玩びて志を喪ふと謂ふべし。夫れ詞章の学は、之を史を看るに比すれば、則ち心を用ふること過多にして、其の蔽為るや大なり。蓋し学者義理に専一ならざれば、則ち其の志荒れて、道に進むこと能はず。程子曰く、専一ならざれば、則ち直遂すること能はずと。故に学を為すの工夫は、精専を貴ぶ。
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『呻吟語』外篇・聖賢・萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ萬物の情は、各おの自ら遂げんことを求むる者なり。惟だ聖人の心のみ、則ち萬物を遂げんと欲して志自ら遂ぐ。
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