新書 / 禮
禮者,臣下所以承其上也。故詩云:「一發五豝,吁嗟乎騶虞。」騶者,天子之囿也。虞者,囿之司獸者也。天子佐輿十乘,以明貴也。二牲而食,以優飽也。虞人翼五豝以待一發,所以復中也。人臣於是所尊敬,不敢以節待,敬之至也。甚尊其主,敬慎其所掌職,而志厚盡矣。作此詩者,以其事深見良臣順上之志也。良臣順上之志者,可謂義矣。故其歎之也長,曰「吁嗟乎」。雖古之善爲人臣者,亦若此而已。
新字:礼者,臣下所以承其上也。故詩云:「一発五豝,吁嗟乎騶虞。」騶者,天子之囿也。虞者,囿之司獣者也。天子佐輿十乗,以明貴也。二牲而食,以優飽也。虞人翼五豝以待一発,所以復中也。人臣於是所尊敬,不敢以節待,敬之至也。甚尊其主,敬慎其所掌職,而志厚尽矣。作此詩者,以其事深見良臣順上之志也。良臣順上之志者,可謂義矣。故其嘆之也長,曰「吁嗟乎」。雖古之善為人臣者,亦若此而已。
書き下し
礼は、臣下の其の上を承くる所以なり。故に詩に云う、「一たび発して五豝あり、吁嗟乎騶虞」と。騶とは、天子の囿なり。虞とは、囿の獣を司る者なり。天子の佐輿は十乗、以て貴きを明らかにするなり。二牲して食らうは、以て飽くを優にするなり。虞人五豝を翼いて以て一発を待つは、復た中つる所以なり。人臣是に於いて尊敬する所、敢えて節を以て待たざるは、敬の至りなり。甚だ其の主を尊び、其の掌る所の職を敬慎して、志の厚きこと尽くせり。此の詩を作る者は、其の事を以て深く良臣の上の志に順うを見るなり。良臣の上の志に順うは、義と謂う可し。故に其の之を歎ずるや長く、「吁嗟乎」と曰う。古の善く人臣たる者と雖も、亦た此くの若きのみ。
現代語訳
礼とは、臣下が上に仕えるためのものです。だから詩に、「一たび矢を放てば五頭の豝が倒れる、ああ騶虞よ」とあります。騶とは天子の御苑のことで、虞とは御苑の獣をつかさどる役人のことです。天子の供の車は十乗で、貴さを明らかにします。獣を二頭ほふって食事をとるのは、十分に満ち足りるようにするためです。虞人は五頭の豝を追い寄せて、天子の一矢を待ちます。外れても射直せるようにするためです。臣下はこうした場で尊ぶ相手に対し、自分の都合の節度で待つようなことはしません。それが敬の極みです。主君を深く尊び、自分の受け持つ職務を慎んで務める、その志の厚さが尽くされています。この詩を作った人は、このことから、良い臣下が上の志に従う姿を深く見て取ったのです。良い臣下が上の志に従うことは、義と呼べます。だからその詠嘆は長く、「ああ」と言うのです。昔の良い臣下も、またこのようであったにすぎません。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』成公十三年 礼は身の幹十三年春、晉侯郤錡をして來りて師を乞はしむ。事を將ふに敬せず。孟獻子曰く、「郤氏其れ亡びんか。禮は身の幹なり。敬は身の基なり。郤子基無し。且つ先君の嗣卿なり。命を受けて以って師を求む、將に社稷を是れ衛らんとするなり。而るに惰りて君命を棄つ。亡びずして何をか為さん」と。
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『春秋左氏伝』僖公十一年 礼は国の幹十一年春、晉侯使ひして丕鄭の亂を以て來り告げしむ。天王召の武公・內史過をして晉侯に命を賜はしむ。玉を受くること惰る。過歸りて王に告げて曰く、「晉侯其れ後無からんか。王之に命を賜ひて、瑞を受くるに惰る、先づ自ら棄つるのみ、其れ何の繼ぐこと之れ有らん。禮は、國の幹なり。敬は、禮の輿なり。敬せずんば則ち禮行はれず、禮行はれずんば則ち上下昏し、何を以てか世に長からん」と。夏、揚・拒・泉・皋・伊雒の戎同じく京師を伐ち、王城に入り、東門を焚く、王子帶之を召けばなり。秦・晉戎を伐ちて以て周を救ふ。秋、晉侯戎を王に平らぐ。黃人楚に貢を歸さず。冬、楚人黃を伐つ。
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『五常訓』巻之四・礼一曲礼曰く、敬せざること毋かれ。凡人事の視聴言動より出づる処、万事敬しまざる事なかるべし。敬とは、心に道に違はん事をおそれて、恣ならざるを云ふ。是心をたもち、身ををさめ、事を行ふ則なり。是礼の本なり。古より、聖人賢人の心法は、敬を以て要とし給ふ。凡身の行儀作法なく、道を失ひ、禍おこるも、皆敬まざるによれり。古語にも敬めば、禍にかつといへり。つつしめば禍なし。白楽天が言に、福と禍とは慎むと慎まざるとに在りといへり。
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