新書 / 禮
禮者,所以固國家,定社稷,使君無失其民者也。主主臣臣,禮之正也;威德在君,禮之分也;尊卑大小,彊弱有位,禮之數也。禮,天子愛天下,諸侯愛境內,大夫愛官屬,士庶各愛其家,失愛不仁,過愛不義。故禮者,所以守尊卑之經、彊弱之稱者也。禮,天子適諸侯之宮,諸侯不敢自阼階。阼階者,主之階也。天子適諸侯,諸侯不敢有宮,不敢爲主人禮也。君惠臣忠,父慈子孝,兄愛弟敬,夫和妻柔,姑慈婦聽,禮之至也。君惠則不厲,臣忠則不貳,父慈則教,子孝則協,兄愛則友,弟敬則順,夫和則義,妻柔則正,姑慈則從,婦聽則婉,禮之質也。
新字:礼者,所以固国家,定社稷,使君無失其民者也。主主臣臣,礼之正也;威徳在君,礼之分也;尊卑大小,彊弱有位,礼之数也。礼,天子愛天下,諸侯愛境内,大夫愛官属,士庶各愛其家,失愛不仁,過愛不義。故礼者,所以守尊卑之経、彊弱之称者也。礼,天子適諸侯之宮,諸侯不敢自阼階。阼階者,主之階也。天子適諸侯,諸侯不敢有宮,不敢為主人礼也。君恵臣忠,父慈子孝,兄愛弟敬,夫和妻柔,姑慈婦聴,礼之至也。君恵則不厲,臣忠則不貳,父慈則教,子孝則協,兄愛則友,弟敬則順,夫和則義,妻柔則正,姑慈則従,婦聴則婉,礼之質也。
書き下し
礼は、国家を固め、社稷を定め、君をして其の民を失う無からしむる所以の者なり。主は主たり臣は臣たるは、礼の正なり。威徳の君に在るは、礼の分なり。尊卑大小、彊弱に位有るは、礼の数なり。礼は、天子は天下を愛し、諸侯は境内を愛し、大夫は官属を愛し、士庶は各おの其の家を愛す。愛を失うは不仁、愛を過ぐるは不義なり。故に礼とは、尊卑の経、彊弱の称を守る所以の者なり。礼に、天子諸侯の宮に適けば、諸侯敢えて阼階よりせず。阼階とは、主の階なり。天子諸侯に適けば、諸侯敢えて宮を有せず、敢えて主人の礼を為さざるなり。君は恵み臣は忠、父は慈しみ子は孝、兄は愛し弟は敬、夫は和し妻は柔、姑は慈しみ婦は聴くは、礼の至りなり。君恵めば則ち厲しからず、臣忠なれば則ち貳わず、父慈しめば則ち教え、子孝なれば則ち協い、兄愛すれば則ち友あり、弟敬すれば則ち順い、夫和すれば則ち義あり、妻柔なれば則ち正し、姑慈しめば則ち従い、婦聴けば則ち婉なるは、礼の質なり。
現代語訳
礼とは、国家を固め、社稷を定め、君主が民を失わないようにするためのものです。主君は主君らしく臣下は臣下らしくあるのが礼の正しい姿で、威と徳が君にあるのが礼の分け方であり、尊卑や大小、強弱にそれぞれ位があるのが礼の定まりです。礼では、天子は天下を愛し、諸侯は領内を愛し、大夫は配下の官吏を愛し、士や庶民はそれぞれ自分の家を愛します。愛を欠けば不仁、愛が度を越せば不義です。だから礼とは、尊卑の筋道と強弱にふさわしい釣り合いを守るためのものです。礼では、天子が諸侯の館を訪れても、諸侯は東の階段から上ろうとしません。東の階段は主人の階段だからです。天子が諸侯のもとへ行けば、諸侯は自分の館を自分のものとせず、主人としての礼をとらないのです。君は恵み臣は忠、父は慈しみ子は孝、兄は愛し弟は敬い、夫は和らぎ妻は柔らかく、姑は慈しみ嫁は聞き従う。これが礼の極致です。君が恵めば厳しすぎず、臣が忠なら二心を持たず、父が慈しめば教えが行われ、子が孝なら心が合い、兄が愛すれば仲がよく、弟が敬えば素直に従い、夫が和らげば道理が立ち、妻が柔らかければ正しく、姑が慈しめば従い、嫁が聞き入れれば穏やかになる。これが礼の中身です。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』第六章 禮儀・礼の極意は愛に庶幾し外人の我邦に来り遊ぶもの、嫻雅礼節を以て日本人の特性なりと称せざるは無し。礼もし、俯仰折旋の儀容に過ぎずして、同情の発現にして、又た尊きを尊び、秩序ある社会の許すとせば、乃ち以て徳とするに足らず。礼は人の感情を察認する地位を敬ふの意を有す。而して其地位とは貧富の別に基くものの謂に非らず、人の誠に有する効績徳業の差等の謂なり。礼の極意は愛に庶幾し。されば予はここに慎んで、彼の聖語の一字を更へて、『礼は寛忍をなし、又た人の益を図るなり。礼は妬まず、誇らず、驕傲らず、非礼を行はず、己れの利を求めず、軽々しく怒らず、人の悪を念はず』と謂ふを得んか。ディーン教授が人生の六義を論じて、礼を重しとし、之を以て社交の熟果なりとせしは、けだし又た異しむに足らず。
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『大和俗訓』巻之三・心術上一人にまじはるに愛敬の二を心法とす。是簡要のことなり。誰も知らずんばあるべからず。愛とは人をあはれむを云ふ。悪まざるなり。敬とは人をうやまふを云ふ。侮らざるなり。人をあはれむは仁なり。人を敬ふは礼なり。仁礼を心の内にたもちて、人をあはれみ、人をうやまふ事、わするべからず。是人に対して行ふべき善なり。父母をあはれみ、主君をうやまふは、いふに及ばず、うとき人、いやしき人に対すとも、其位にしたがひて、よきほどに愛敬すべし。侮りおろそかにすべからず。是人にまじはる道なり。
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