新書 / 傅職
天子處位不端,受業不敬,教誨諷誦詩書禮樂之不經不法不古,言語不序,音聲不中律;將學趨讓,進退即席不以禮,登降揖讓無容,視瞻俯仰周旋無節,咳唾數顧,趨行不得,色不比順,隱琴肆瑟,凡此其屬,太保之任也。古者燕召公職之。天子燕業反其學,左右之習詭其師;答遠方諸侯,遇貴大人,不知大雅之辭;答左右近臣,不知已諾之適;僩問小誦之不博不習,凡此其屬,少師之任也,古者史佚職之。天子居處,出入不以禮,衣服冠帶不以制,御器在側不以度,雜綵從美不以彰德,忿怒說喜不以義,賦與噍讓不以節,小行、小禮、小義、小道,不從少師之教,凡此其屬,少傅之任也。
新字:天子処位不端,受業不敬,教誨諷誦詩書礼楽之不経不法不古,言語不序,音声不中律;将学趨譲,進退即席不以礼,登降揖譲無容,視瞻俯仰周旋無節,咳唾数顧,趨行不得,色不比順,隠琴肆瑟,凡此其属,太保之任也。古者燕召公職之。天子燕業反其学,左右之習詭其師;答遠方諸侯,遇貴大人,不知大雅之辞;答左右近臣,不知已諾之適;僩問小誦之不博不習,凡此其属,少師之任也,古者史佚職之。天子居処,出入不以礼,衣服冠帯不以制,御器在側不以度,雑綵従美不以彰徳,忿怒説喜不以義,賦与噍譲不以節,小行、小礼、小義、小道,不従少師之教,凡此其属,少傅之任也。
書き下し
天子の位に処ること端しからず、業を受くること敬ならず、教誨諷誦の詩書礼楽経ならず法らず古ならず、言語序でず、音声律に中らず、将に学ばんとして趨り譲り、進退席に即くに礼を以てせず、登降揖譲に容無く、視瞻俯仰周旋に節無く、咳唾して数しば顧み、趨行得ず、色比順ならず、琴を隠し瑟を肆にす、凡そ此の属は、太保の任なり。古者燕の召公之を職とす。天子の燕業其の学に反し、左右の習其の師に詭り、遠方の諸侯に答え、貴大人に遇うに、大雅の辞を知らず、左右近臣に答うるに、已諾の適を知らず、僩問小誦博からず習わず、凡そ此の属は、少師の任なり。古者史佚之を職とす。天子の居処、出入礼を以てせず、衣服冠帯制を以てせず、御器の側に在るに度を以てせず、雑綵美に従い以て徳を彰らかにせず、忿怒説喜義を以てせず、賦与噍譲節を以てせず、小行・小礼・小義・小道、少師の教に従わざること、凡そ此の属は、少傅の任なり。
現代語訳
天子が位に就く姿勢が端正でなく、学びを受けるのに敬意が足りず、教え諭し唱える詩・書・礼・楽に筋道がなく、手本に則さず、古式にもよらず、言葉に順序がなく、声が音律に合わず、学びに向かう時に小走りで譲り、進退や席に就く作法に礼がなく、上り下りや拝礼の仕草に気品がなく、見回し、うつむき仰ぎ、振る舞うのに節度がなく、咳や唾をして何度も振り返り、小走りの歩き方も整わず、顔色も穏やかでなく、琴を隠して瑟を乱雑に扱う、このたぐいは太保の職分です。昔は燕の召公がこれを務めました。天子の私的な学びが本来の学びに反し、側近の習いが師を欺き、遠方の諸侯に答えたり貴人に会ったりするときに、大雅の言葉を知らず、側近に答えるときに承諾の仕方もわきまえず、問いや短い誦読の習いも広くなく身についていない、このたぐいは少師の職分です。昔は史佚がこれを務めました。天子の居所や出入りが礼によらず、衣服や冠帯が制に従わず、身近な器物の扱いが度を越え、色とりどりの装飾が美を追うだけで徳を表さず、怒りや喜びが義によらず、与えたり飲食したり譲ったりする振る舞いに節度がなく、小さな行い・礼・義・道について少師の教えに従わない、このたぐいは少傅の職分です。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』襄公二十八年 晏子、邶殿を受けず對へて曰く、「慶氏の邑は、欲を足す、故に亡ぶ。吾が邑は欲を足さざるなり。之に益すに邶殿を以てせば、乃ち欲を足さん。欲を足さば、亡ぶること日無からん。外に在りては、吾が一邑をも宰するを得ず。邶殿を受けざるは、富を惡むに非ざるなり、富を失はんことを恐るるなり。且つ夫れ富は布帛の幅有るが如し。之が制度を為りて、遷ること無からしむ。夫れ民は生厚くして用利なり。是に於いてか德を正して以て之を幅し、黜嫚すること無からしむ。之を幅利と謂ふ。利過ぐれば則ち敗を為す。吾敢へて多きを貪らず。所謂幅なり」と。北郭佐に邑六十を與ふ、之を受く。子雅に邑を與ふ、多きを辭して少なきを受く。子尾に邑を與ふ、受けて稍く之を致す。公以て忠と為す、故に寵有り。盧蒲嫳を北竟に釋(はな)つ。崔杼の尸を求め、將に之を戮せんとす。得ず。叔孫穆子曰く、「必ず之を得ん。武王に亂臣十人有り。崔杼其れ有らんや。十人ならずんば、以て葬るに足らず」と。既にして崔氏の臣曰く、「我に其の拱璧を與へよ、吾其の柩を獻ぜん」と。是に於いて之を得たり。
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