導師導古典を学びたいすべての人に

翁問答 / 下卷之本

體充問曰、國大名或はその家老たる人の第一にあしき疵は、いづれにておはし候や。師の曰、私の一字なり、私なる人は必ず氣隨なり、氣隨なる人は必人の異見をきゝいれず、世のそしりをかへりみず、偏に我心まかせにしてすぎたる事をばあしき事にてもよしととりなし、夜も日もあけざる樣にこのみふけり、我すかざる事なれば、よきことおもそしりをとしめて取あげず、合口よきものをば小人侫人をも近けたのしみ功なきに知行を加恩し、罪あるにも刑をほどこさずあいくちあしければ久功忠節のものをもうとみちかづけず、功ありても賞をあたへず、罪なきに刑をくはふる如きの不義不道の作法しをき、みな私の心根よりはびこり出たる枝葉なり、此の如くあれば、國法軍法みなみだれて終にその國ほろぶるものなり、かりそめにも氣隨の念おこる時は、我身をうしなひ、國を亡ぼし、家を破ぶる魔心なりとおそれつゝしむべし。

新字:体充問曰、国大名或はその家老たる人の第一にあしき疵は、いづれにておはし候や。師の曰、私の一字なり、私なる人は必ず気随なり、気随なる人は必人の異見をきゝいれず、世のそしりをかへりみず、偏に我心まかせにしてすぎたる事をばあしき事にてもよしととりなし、夜も日もあけざる様にこのみふけり、我すかざる事なれば、よきことおもそしりをとしめて取あげず、合口よきものをば小人侫人をも近けたのしみ功なきに知行を加恩し、罪あるにも刑をほどこさずあいくちあしければ久功忠節のものをもうとみちかづけず、功ありても賞をあたへず、罪なきに刑をくはふる如きの不義不道の作法しをき、みな私の心根よりはびこり出たる枝葉なり、此の如くあれば、国法軍法みなみだれて終にその国ほろぶるものなり、かりそめにも気随の念おこる時は、我身をうしなひ、国を亡ぼし、家を破ぶる魔心なりとおそれつゝしむべし。

書き下し

体充問曰、国大名或はその家老たる人の第一にあしき疵は、いづれにておはし候や。師の曰、私の一字なり、私なる人は必ず気随なり、気随なる人は必人の異見をきゝいれず、世のそしりをかへりみず、偏に我心まかせにしてすぎたる事をばあしき事にてもよしととりなし、夜も日もあけざる様にこのみふけり、我すかざる事なれば、よきことおもそしりをとしめて取あげず、合口よきものをば小人侫人をも近けたのしみ功なきに知行を加恩し、罪あるにも刑をほどこさずあいくちあしければ久功忠節のものをもうとみちかづけず、功ありても賞をあたへず、罪なきに刑をくはふる如きの不義不道の作法しをき、みな私の心根よりはびこり出たる枝葉なり、此の如くあれば、国法軍法みなみだれて終にその国ほろぶるものなり、かりそめにも気随の念おこる時は、我身をうしなひ、国を亡ぼし、家を破ぶる魔心なりとおそれつゝしむべし。

現代語訳

體充が問うた。「国の大名、あるいはその家老である人にとって、第一の悪い疵は何でしょうか」。師は言う。「私の一字である。私の強い人は必ず気随(わがまま)である。気随な人は必ず人の意見を聞き入れず、世の批判を顧みず、ひたすら自分の心まかせにして、好むことは悪いことでもよいことにしてしまい、夜も日も明けないほどに好み耽る。自分の好まないことであれば、よいことでもけなし貶めて取り上げない。気の合う者なら小人や侫人でも近づけて楽しみ、功がないのに知行を加増し、罪があっても刑を施さない。気の合わない者なら長年の功のある忠節の者でも疎んじて近づけず、功があっても賞を与えず、罪がないのに刑を加える。このような不義不道の作法や処置は、みな私の心根からはびこり出た枝葉である。このようであれば、国法も軍法もみな乱れて、ついにその国は滅びる。かりそめにも気随の念が起こったときは、わが身を失い、国を滅ぼし、家を破る魔心であると恐れ慎むべきである。」

解説

藤樹は上に立つ者の最大の欠点を、能力不足ではなく「私」の一字に求める。私心は気随、つまりわがままとなり、異見を聞かず、好き嫌いで人を近づけたり遠ざけたりする。賞罰が功罪ではなく相性で決まれば、組織の規律は根元から崩れる。藤樹がこれを枝葉と呼び、根は私心にあるとするのは、制度をいくら整えても運用者の私心が残れば同じことが起こるからである。気に入った部下ばかり重用していないか、評価が好悪に流れていないか、管理職が自らを点検するための鋭い鏡となる一節である。

この章句が説くこと

私心気随賞罰諫言修養心

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る