新書 / 無蓄
禹有十年之蓄,故免九年之水;湯有十年之積,故勝七歲之旱。夫蓄積者,天下之大命也。苟粟多而財有餘,何嚮而不濟?以攻則取,以守則固,以戰則勝,懷柔附遠,何招而不至?管子曰:「倉廩實,知禮節;衣食足,知榮辱。」民非足也,而可治之者,自古及今,未之嘗聞。古人曰:「一夫不耕,或爲之饑;一婦不織,或爲之寒。」生之有時而用之無節,則物力必屈。古之爲天下者至悉也,故其蓄積足恃。今背本而以末,食者甚衆,是天下大殘;從生之害者甚盛,是天下之大賊也;汰流、淫佚、侈靡之俗日以長,是天下之大祟也。殘賊公行,莫之或止;大命貶敗,莫之振救。何計者也,事情安所取?生之者甚少而靡之者甚衆,天下之勢,何以不危?漢之爲漢幾四十歲矣,公私之積猶可哀痛也。
新字:禹有十年之蓄,故免九年之水;湯有十年之積,故勝七歳之旱。夫蓄積者,天下之大命也。苟粟多而財有余,何嚮而不済?以攻則取,以守則固,以戦則勝,懐柔附遠,何招而不至?管子曰:「倉廩実,知礼節;衣食足,知栄辱。」民非足也,而可治之者,自古及今,未之嘗聞。古人曰:「一夫不耕,或為之饑;一婦不織,或為之寒。」生之有時而用之無節,則物力必屈。古之為天下者至悉也,故其蓄積足恃。今背本而以末,食者甚衆,是天下大残;従生之害者甚盛,是天下之大賊也;汰流、淫佚、侈靡之俗日以長,是天下之大祟也。残賊公行,莫之或止;大命貶敗,莫之振救。何計者也,事情安所取?生之者甚少而靡之者甚衆,天下之勢,何以不危?漢之為漢幾四十歳矣,公私之積猶可哀痛也。
書き下し
禹に十年の蓄え有り、故に九年の水を免る。湯に十年の積み有り、故に七歳の旱に勝つ。夫れ蓄積は、天下の大命なり。苟くも粟多くして財余り有らば、何れに嚮うて済わざらん。以て攻むれば則ち取り、以て守れば則ち固く、以て戦えば則ち勝ち、懐柔して遠きを附け、何をか招きて至らざらん。管子曰く、「倉廩実つれば、礼節を知り、衣食足れば、栄辱を知る」と。民足らざるに、治む可き者は、古より今に及ぶまで、未だ之を嘗て聞かず。古人曰く、「一夫耕さざれば、或いは之が為に饑え、一婦織らざれば、或いは之が為に寒ゆ」と。之を生ずるに時有りて之を用うるに節無ければ、則ち物力必ず屈す。古の天下を為むる者は至りて悉くす、故に其の蓄積恃むに足る。今本に背きて末を以てし、食う者は甚だ衆く、是れ天下の大残なり。生の害に従う者は甚だ盛んなり、是れ天下の大賊なり。汰流・淫佚・侈靡の俗は日に以て長じ、是れ天下の大祟なり。残賊公に行われて、之を或いは止むる莫く、大命貶敗して、之を振救する莫し。何の計る者ぞ、事情安くにか取らん。之を生ずる者は甚だ少なく、之を靡す者は甚だ衆し、天下の勢い、何を以てか危うからざらん。漢の漢たること幾ど四十歳、公私の積み猶お哀痛す可きなり。
現代語訳
禹には十年分の蓄えがあったので、九年続いた水害を乗り切れました。湯には十年分の備えがあったので、七年の干ばつに耐えました。蓄えは天下の大きな命脈です。穀物が多く財に余りがあれば、どこへ向かっても成し遂げられないことはありません。攻めれば取り、守れば固く、戦えば勝ち、人々をなつけて遠方を従え、招けば来ないものはありません。管子は「倉が満ちて礼節を知り、衣食が足りて栄誉と恥を知る」と言いました。民が満ち足りないのに治まった例は、昔から今まで聞いたことがありません。古人は「一人の男が耕さなければ、誰かが飢え、一人の女が織らなければ、誰かが寒い思いをする」と言いました。生み出すのには時があるのに、使うのに節度がなければ、物の力は必ず尽きます。昔の天下を治めた者は手を尽くしたので、その蓄えは頼りになりました。今は本業に背いて末業に走り、食べる者ばかり多く、これは天下の大きな損ないです。生産を害する者が盛んで、これは天下の大きな賊です。贅沢や放縦の風俗が日に日に伸び、これは天下の大きな祟りです。損ない賊う行いが公然と行われ、誰も止めず、大切な命脈が傷んでも、誰も救おうとしません。いったいどのような見通しなのか、実情をどう見ているのか。生み出す者は少なく、費やす者は多く、天下の形勢は危うくならないはずがありません。漢が漢となって四十年近くになるのに、公私の蓄えはなお痛ましいほどです。
解説
この章句が説くこと
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