新書 / 憂民
然則,所謂國無人者何謂也?有天下而欲其安者,豈不在於陛下者哉?上弗自憂,將以誰偷?五歲小康,十歲一凶,三十歲而一大康,蓋曰大數也。自人人相食,至於今若干年矣,即不幸有方二三千里之旱,天下何以相救?卒然邊境有數十萬衆聚,天下將何以饋之矣?兵旱相承,民填溝壑,剽盜攻擊者興繼而起,中國失救,外敵必駭,一日而及,此之必然。且用事之人未必此省,爲人上弗自省憂,魄然事困,乃驚而督下曰:「此天也,可奈何?」事既無如,憂之何及?方今始秋,時可善爲,陛下少閒,可使臣誼從丞相、御史計之。臣義詔所自用秩二千石上雖幸使義計勿厚疏殆無傷也有時矣。
新字:然則,所謂国無人者何謂也?有天下而欲其安者,豈不在於陛下者哉?上弗自憂,将以誰偸?五歳小康,十歳一凶,三十歳而一大康,蓋曰大数也。自人人相食,至於今若干年矣,即不幸有方二三千里之旱,天下何以相救?卒然辺境有数十万衆聚,天下将何以饋之矣?兵旱相承,民填溝壑,剽盗攻撃者興継而起,中国失救,外敵必駭,一日而及,此之必然。且用事之人未必此省,為人上弗自省憂,魄然事困,乃驚而督下曰:「此天也,可奈何?」事既無如,憂之何及?方今始秋,時可善為,陛下少閒,可使臣誼従丞相、御史計之。臣義詔所自用秩二千石上雖幸使義計勿厚疏殆無傷也有時矣。
書き下し
然らば則ち、所謂国に人無しとは何の謂いぞや。天下を有ちて其の安きを欲する者は、豈に陛下に在らざらんや。上自ら憂えずんば、将に誰を以て偷かん。五歳に小康、十歳に一凶、三十歳にして一大康、蓋し大数と曰う。人人相食むより、今に至るまで若干年、即し不幸にして方二三千里の旱有らば、天下何を以て相救わん。卒然として辺境に数十万の衆聚まる有らば、天下将に何を以て之に饋らんとするか。兵旱相承け、民溝壑に填まり、剽盗攻撃する者興りて継ぎ起こり、中国救いを失わば、外敵必ず駭き、一日にして及ばん、此れ必然なり。且つ事を用うるの人、未だ必ずしも此を省みず、人の上と為りて自ら省み憂えず、魄然として事困しみ、乃ち驚きて下を督して曰く、「此れ天なり、奈何す可けん」と。事既に如何ともする無し、之を憂うるも何ぞ及ばん。方今始めて秋、時に善く為す可し。陛下少閒あらば、臣誼をして丞相、御史に従いて之を計らしむ可し。臣義、詔の自ら用うる所、秩二千石の上、幸いに義をして計らしむと雖も、厚く疏する勿くんば、殆ど傷つくこと無きなり、時有らん。
現代語訳
それでは、「国に人がいない」とは何を言うのでしょうか。天下を保って安らかにしたいと思う者が、陛下ご自身のほかにありましょうか。上が自ら憂えなければ、誰を頼りにするのでしょう。五年に一度小さな安定、十年に一度凶作、三十年に一度大きな安定があるというのが、大まかな巡りと言われます。人が人を食う飢饉から、今までに若干の年が経ちました。もし不幸にも二、三千里にわたる旱魃が起きたら、天下は何をもって互いに救うのでしょう。突然、辺境に数十万の兵が集まったら、天下は何をもって兵糧を送るのでしょうか。戦と旱魃が続けば、民は溝や谷に倒れ、盗賊や襲撃する者が次々と起こり、中国が救いを失えば、外敵は必ず驚き、一日で攻め寄せるでしょう。これは必然です。しかも事を取り仕切る人は、必ずしもこのことを省みず、人の上に立ちながら自ら省みも憂えもせず、どうにもならなくなって初めて驚き、下の者を責め立てて「これは天の定めだ、どうしようもない」と言います。事態がもう取り返しのつかないものになってから憂えても、何の役に立つでしょう。今はちょうど秋の初めで、善処できる時です。陛下に少しお暇があれば、私誼を丞相、御史に従わせて、これを計らせてください。最後の一文は文意が取りにくく、私が自ら用いるものとして、秩二千石の上の官に配し、計らせても、厚く疎外しなければ、ほとんど支障はなく、機会があるだろう、という程度の訳に留めます。
解説
この章句が説くこと
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