新書 / 階級
故古者,禮不及庶人,刑不至君子,所以厲寵臣之節也。古者大臣有坐不廉而廢者,不謂曰不廉,曰「簠簋不飾」;坐穢污姑婦姊姨母,男女無別者,不謂污穢,曰「帷箔不修」;坐罷軟不勝任者,不謂罷軟,曰「下官不職」。故貴大臣定有其罪矣,猶未斥然至以呼之也,尚遷就而爲之諱也。故其在大譴大何域者,聞譴訶則白冠釐纓,盤水加劍,造請室而請其罪爾,上弗使執縛係引而行也。其中罪者,聞命而自弛,上不使人頸盭而加也。其有大罪者,聞令則北面再拜,跪而自裁。上不使人捽抑而刑也,曰:「子大夫自有過耳,吾遇子有禮矣。」遇之有禮,故羣臣自喜;厲以廉耻,故人務節行。上設廉耻禮義以遇其臣,而君臣不以節行而報其上者,即非人類也。
新字:故古者,礼不及庶人,刑不至君子,所以厲寵臣之節也。古者大臣有坐不廉而廃者,不謂曰不廉,曰「簠簋不飾」;坐穢汚姑婦姊姨母,男女無別者,不謂汚穢,曰「帷箔不修」;坐罷軟不勝任者,不謂罷軟,曰「下官不職」。故貴大臣定有其罪矣,猶未斥然至以呼之也,尚遷就而為之諱也。故其在大譴大何域者,聞譴訶則白冠釐纓,盤水加剣,造請室而請其罪爾,上弗使執縛係引而行也。其中罪者,聞命而自弛,上不使人頸盭而加也。其有大罪者,聞令則北面再拝,跪而自裁。上不使人捽抑而刑也,曰:「子大夫自有過耳,吾遇子有礼矣。」遇之有礼,故羣臣自喜;厲以廉耻,故人務節行。上設廉耻礼義以遇其臣,而君臣不以節行而報其上者,即非人類也。
書き下し
故に古者は、礼 庶人に及ばず、刑 君子に至らず、寵臣の節を厲ます所以なり。古者 大臣に不廉に坐して廃せらるる者有るも、不廉と謂わず、「簠簋 飾らず」と曰う。穢汚して姑婦姊姨母に坐し、男女 別無き者は、汚穢と謂わず、「帷箔 修まらず」と曰う。罷軟にして任に勝えざるに坐する者は、罷軟と謂わず、「下官 職あらず」と曰う。故に貴大臣 定めて其の罪有るも、猶お未だ斥然として以て之を呼ばず、尚お遷就して之が為に諱む。故に其の大譴・大何域に在る者は、譴訶を聞けば則ち白冠釐纓、盤水に剣を加え、請室に造りて其の罪を請うのみ。上は執縛・係引して行かしめず。其の中罪の者は、命を聞きて自ら弛し、上は頸を盭げて加えしめず。其の大罪有る者は、令を聞けば北面して再拝し、跪きて自裁す。上は捽抑して刑せしめず。曰く、「子大夫 自ら過ち有るのみ、吾 子を遇すること礼有りき」と。之を遇すること礼有り、故に群臣は自ら喜ぶ。厲ますに廉恥を以てし、故に人は節行に務む。上 廉恥礼義を設けて以て其の臣を遇し、而して君臣 節行を以て其の上に報いざれば、即ち人類に非ざるなり。
現代語訳
それで昔は、礼は庶民には及ばず、刑は君子には至らないとし、寵臣の節操を励ましたのです。昔、大臣が不廉の罪で罷免されることがあっても、「不廉」とは言わず、「祭器が飾られていない」と言いました。みだらな行いが姑や婦、姉や母方のおばに及び、男女の別がなかった者には、「汚穢」とは言わず、「帳が整っていない」と言いました。無能で任に堪えない者には、「無能」とは言わず、「下の官が職を果たしていない」と言いました。このように貴い大臣に明らかな罪があっても、はっきりと名指ししては呼ばず、かえって穏やかに取り計らって、その者のために忌み隠したのです。だから大きな譴責を受ける者は、叱責を聞くと、白い冠に喪の纓を付け、水を盛った盆に剣を載せ、請室に赴いて自ら罪を請うだけでした。主君は縛ったり引き立てたりして行かせることはしませんでした。中ほどの罪の者は、命を聞いて自ら刑に服し、主君は首を引きねじるようなことをさせませんでした。大罪のある者は、令を聞くと北に向かって再拝し、跪いて自ら命を絶ちました。主君は髪をつかんで押さえつけて刑にかけることをしませんでした。そして「あなたの過ちはあなた自身のものだ。私はあなたを礼をもって遇した」と言ったのです。礼をもって遇したから、群臣は自ら喜びました。廉恥をもって励ましたから、人は節行に努めました。主君が廉恥と礼義を設けて臣を遇し、それでも君臣が節行で上に報いないなら、それは人ではありません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
-
『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
-
『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
-
『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
-
『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
-
『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る