新書 / 藩彊
竊迹前事,大扺彊者先反:淮隂王楚最彊,則最先反;韓王信倚胡,則又反;貫髙因趙資,則又反;陳豨兵精彊,則又反;彭越用梁,則又反;黥布用淮南,則又反;盧綰國北最弱,則最後反。長沙乃纔二萬五千户耳,力不足以行逆,則功少而最完,埶䟽而最忠,全骨肉,時長沙無故者,非獨性異人也,其形勢然矣。曩令樊酈絳灌據數十城而王,今雖以殘亡可也;令韓信黥布彭越之倫列爲徹侯而居,雖至今存可也。然則天下大計可知已:欲諸王皆忠附,則莫若令如長沙;欲臣子勿菹醢,則莫若令如樊酈絳灌;欲天下之治安,天子之無憂,莫如衆建諸侯而少其力。力少則易使以義,國小則無邪心。若與臣下相殘,與骨肉相飲茹,天下雖危,無傷也,則莫如循今之故而忽變。以前觀之,其國最大者反最先。
新字:窃迹前事,大扺彊者先反:淮陰王楚最彊,則最先反;韓王信倚胡,則又反;貫高因趙資,則又反;陳豨兵精彊,則又反;彭越用梁,則又反;黥布用淮南,則又反;盧綰国北最弱,則最後反。長沙乃纔二万五千戸耳,力不足以行逆,則功少而最完,埶䟽而最忠,全骨肉,時長沙無故者,非独性異人也,其形勢然矣。曩令樊酈絳灌拠数十城而王,今雖以残亡可也;令韓信黥布彭越之倫列為徹侯而居,雖至今存可也。然則天下大計可知已:欲諸王皆忠附,則莫若令如長沙;欲臣子勿菹醢,則莫若令如樊酈絳灌;欲天下之治安,天子之無憂,莫如衆建諸侯而少其力。力少則易使以義,国小則無邪心。若与臣下相残,与骨肉相飲茹,天下雖危,無傷也,則莫如循今之故而忽変。以前観之,其国最大者反最先。
書き下し
竊かに前事を迹るに、大抵強き者先ず反く。淮陰王楚は最も強ければ、則ち最も先に反く。韓王信胡に倚れば、則ち又反く。貫高趙の資に因れば、則ち又反く。陳豨兵精強なれば、則ち又反く。彭越梁を用うれば、則ち又反く。黥布淮南を用うれば、則ち又反く。盧綰国は北にして最も弱ければ、則ち最も後に反く。長沙は乃ち纔かに二万五千戸のみ、力は以て逆を行うに足らざれば、則ち功少なくして最も完く、勢い疏くして最も忠なり、骨肉を全くす。時に長沙無故なる者は、独り性の人に異なるに非ず、其の形勢然るなり。曩に樊・酈・絳・灌をして数十城に拠りて王たらしめば、今残亡すと雖も可なり。韓信・黥布・彭越の倫をして列して徹侯と為りて居らしめば、今に至り存すと雖も可なり。然れば則ち天下の大計知る可きのみ。諸王をして皆忠附せしめんと欲せば、則ち長沙の如くせしむるに若くは莫し。臣子をして菹醢せられざらしめんと欲せば、則ち樊・酈・絳・灌の如くせしむるに若くは莫し。天下の治安、天子の憂い無きを欲せば、衆く諸侯を建てて其の力を少なくするに如くは莫し。力少なければ則ち使い易きに義を以てし、国小なれば則ち邪心無し。若し臣下と相残い、骨肉と相飲茹し、天下危うしと雖も傷む無しとならば、則ち今の故に循いて忽ちに変ずる莫きに如くは莫し。前を以て之を観れば、其の国最も大なる者は反くこと最も先なり。
現代語訳
ひそかに前の出来事をたどると、おおむね強い者がまず背きました。淮陰王の楚は最も強かったので、最も先に背きました。韓王信は胡に頼ったので、また背きました。貫高は趙の資力に拠ったので、また背きました。陳豨は兵が精強だったので、また背きました。彭越は梁を用いたので、また背きました。黥布は淮南を用いたので、また背きました。盧綰は国が北にあって最も弱かったので、最も後に背きました。長沙はわずか二万五千戸にすぎず、力は逆を行うに足りなかったため、功績が少なくても最も保たれ、関係は疏くても最も忠実で、肉親の関係も全うできました。このとき長沙に何事もなかったのは、人の性質が特別だったからではなく、その形勢がそうさせたのです。昔、樊・酈・絳・灌に数十城を拠らせて王としていたなら、いま残り滅んでいたとしても不思議はありません。韓信・黥布・彭越のような者を列侯の位にとどめていたなら、今に至るまで存続していたとしてもよいのです。そうであれば天下の大計は分かります。諸王に皆忠誠をもって従わせたいなら、長沙のようにするのが一番です。臣下が塩漬けの刑にされないようにしたいなら、樊・酈・絳・灌のようにするのが一番です。天下の治安と天子に憂いがないことを望むなら、多くの諸侯を建ててその力を小さくするのが一番です。力が小さければ義によって使いやすく、国が小さければ邪な心がありません。もし臣下と互いに傷つけ合い、肉親と共に飲み食いするほどの仲でも、天下は危うくても害はない、というなら、今の旧例に従って急に変えないのが一番です。前の例から見れば、国が最も大きい者が最も先に背いたのです。
解説
この章句が説くこと
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