新書 / 過秦下
秦兼諸侯山東三十餘郡,循津關,據險塞,繕甲兵而守之。然陳涉率散亂之衆數百,奮臂大呼,不用弓戟之兵,鉏耰白梃,望屋而食,橫行天下。秦人阻險不守,關梁不閉,長戟不刺,彊弩不射。楚師深入,戰於鴻門,曾無藩籬之難。於是山東諸侯幷起,豪俊相立。秦使章邯將而東征。章邯因其三軍之衆要市於外,以謀其上。羣臣之不相信,可見於此矣。
新字:秦兼諸侯山東三十余郡,循津関,拠険塞,繕甲兵而守之。然陳渉率散乱之衆数百,奮臂大呼,不用弓戟之兵,鉏耰白梃,望屋而食,横行天下。秦人阻険不守,関梁不閉,長戟不刺,彊弩不射。楚師深入,戦於鴻門,曽無藩籬之難。於是山東諸侯幷起,豪俊相立。秦使章邯将而東征。章邯因其三軍之衆要市於外,以謀其上。羣臣之不相信,可見於此矣。
書き下し
秦、諸侯山東三十余郡を兼ね、津関に循い、険塞に拠り、甲兵を繕いて之を守る。然るに陳渉散乱の衆数百を率い、臂を奮いて大呼し、弓戟の兵を用いず、鉏耰白梃もて、屋を望みて食らい、天下に横行す。秦人険に阻まれて守らず、関梁閉ざさず、長戟刺さず、彊弩射ず。楚師深く入り、鴻門に戦い、曽て藩籬の難無し。是に於いて山東の諸侯並び起こり、豪俊相立つ。秦、章邯をして将として東征せしむ。章邯其の三軍の衆に因りて外に要市し、以て其の上を謀る。群臣の相信ぜざること、此に見る可し。
現代語訳
秦は山東の三十余郡を併せ、渡し場や関所に沿って険しい要害に拠り、武具を整えて守っていました。ところが陳渉は、ばらばらに集まった数百の者を率い、腕を振り上げて大声で呼びかけ、弓や戟の兵は用いず、鋤や白い棒で、家を見つければ食べ物を得て、天下を横行しました。秦の人々は険しい地形に頼って守らず、関所や橋を閉じず、長い戟は突かず、強い弩は射ませんでした。楚の軍は深く入り込んで鴻門で戦いましたが、もはや境の垣を破る難しさもありませんでした。そこで山東の諸侯がそろって起こり、豪傑たちが互いに王を立てました。秦は章邯を将軍にして東へ征伐させました。章邯はその三軍の勢いを頼みに外で取引を求め、上を害そうと謀りました。群臣が互いに信じていなかったことは、ここからも見て取れます。
解説
この章句が説くこと
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