新書 / 過秦下
天下多事,吏不能紀;百姓困窮,而主不收卹。然後奸僞幷起,而上下相遁;蒙罪者衆,刑僇相望於道,而天下苦之。自羣卿以下至於衆庶,人懷自危之心,親處窮苦之實,咸不安其位,故易動也。是以陳涉不用湯、武之賢,不藉公侯之尊,奮臂於大澤,而天下嚮應者,其民危也。故先王者見終始之變,知存亡之由,是以牧民之道,務在安之而已矣。下雖有逆行之臣,必無響應之助,故曰「安民可與爲義,而危民易與爲非」,此之謂也。貴爲天子,富有四海,身在於戮者,正之非也。是二世之過也。
新字:天下多事,吏不能紀;百姓困窮,而主不収卹。然後奸偽幷起,而上下相遁;蒙罪者衆,刑僇相望於道,而天下苦之。自羣卿以下至於衆庶,人懐自危之心,親処窮苦之実,咸不安其位,故易動也。是以陳渉不用湯、武之賢,不藉公侯之尊,奮臂於大沢,而天下嚮応者,其民危也。故先王者見終始之変,知存亡之由,是以牧民之道,務在安之而已矣。下雖有逆行之臣,必無響応之助,故曰「安民可与為義,而危民易与為非」,此之謂也。貴為天子,富有四海,身在於戮者,正之非也。是二世之過也。
書き下し
天下事多くして、吏紀する能わず。百姓困窮して、主収恤せず。然る後奸偽並び起こりて、上下相遁れ、罪を蒙る者衆く、刑戮道に相望みて、天下之に苦しむ。群卿より以下衆庶に至るまで、人自危の心を懐き、親しく窮苦の実に処り、咸な其の位に安んぜず、故に動き易きなり。是を以て陳渉は湯・武の賢を用いず、公侯の尊を藉らず、臂を大沢に奮いて、天下嚮応せしは、其の民危うければなり。故に先王は終始の変を見、存亡の由を知る。是を以て牧民の道は、務め之を安んずるに在るのみ。下に逆行の臣有りと雖も、必ず響応の助け無し。故に曰く、「民を安んずれば与に義を為す可く、民を危うくすれば与に非を為し易し」とは、此の謂なり。貴きこと天子たり、富めること四海を有ち、身戮に在るは、正すこと非なればなり。是れ二世の過ちなり。
現代語訳
天下に事が多くなり、役人はそれを記録して整理できず、百姓は困窮しても主は救いませんでした。そうなると偽りや悪事が一斉に起こり、上も下も互いに責任を逃れ、罪を受ける者が多く、刑罰を受けた者が道に連なり、天下はこれに苦しみました。群卿から庶民に至るまで、人は自分が危ういという心を抱き、身をもって苦しい現実に置かれ、皆その地位に安んじていなかったので、動きやすかったのです。そのため陳渉は湯や武王のような賢さを持たず、公侯のような尊さにも頼らず、大沢で腕を奮っただけで、天下が応じたのは、民が危うかったからです。だから先王は始めと終わりの変化を見、存亡の由来を知り、民を治める道は民を安んずることにあるとしました。下に逆らう臣がいても、必ず呼応する助けはありません。故に「民を安んずれば共に義を行え、民を危うくすれば共に悪を行いやすい」と言うのは、この意味です。天子として尊く、四海を持つほど富みながら、自分が殺されたのは、正し方が誤っていたからです。これが二世の過ちです。
解説
この章句が説くこと
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史記 秦始皇本紀郷使二世に庸主の行ひ有りて、忠賢に任じ、臣主心を一にして海内の患ひを憂へ、縞素して先帝の過ちを正し、地を裂き民を分かちて以て功臣の後を封じ、国を建て君を立てて以て天下を礼し、囹圄を虚しくして刑戮を免じ、収帑汚穢の罪を除去し、各其の郷里に反らしめ、倉廩を発き、財幣を散じて、以て孤独窮困の士を振ひ、賦を軽くし事を少なくして、以て百姓の急を佐け、法を約し刑を省きて以て其の後を持し、天下の人をして皆自ら新たにし、節を更め行ひを修め、各其の身を慎むを得しめ、万民の望みを塞ぎ、而して威徳を以て天下に与せば、天下集まらん。即ち四海の内、皆讙びて各自ら其の処に安楽し、唯だ変有らんことを恐れん。狡猾の民有りと雖も、上を離るるの心無く、則ち不軌の臣も以て其の智を飾る無く、而して暴乱の姦止まん。二世此の術を行はず、而して之を重ぬるに無道を以てし、宗廟と民とを壊り、更に始めて阿房宮を作り、刑を繁くし誅を厳しくし、吏治刻深にして、賞罰当たらず、賦斂度無く、天下事多くして、吏紀す能はず、百姓困窮して主収恤せず。然る後に姦偽并び起こりて、上下相遁れ、罪を蒙る者衆く、刑戮道に相望みて、天下之に苦しむ。君卿より以下衆庶に至るまで、人自ら危ぶむの心を懐き、親ら窮苦の実に処り、咸其の位に安んぜず、故に動き易きなり。是を以て陳渉湯武の賢を用ゐず、公侯の尊を藉らず、臂を大沢に奮ひて天下響応する者は、其の民危ふければなり。故に先王は終始の変を見、存亡の機を知る。是を以て民を牧するの道は、務め之を安んずるに在るのみ。天下に逆行の臣有りと雖も、必ず響応の助け無からん。故に曰く「安民は与に義を行ふ可く、而して危民は与に非を為し易し」と。此の謂ひなり。
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『新書』過秦下今秦の二世立つや、天下引領して其の政を観ざる莫し。夫れ寒き者は裋褐を利とし、飢うる者は糟糠を甘しとす。天下囂囂たるは、新主の資なり。此れ労民の仁を為し易きを言うなり。向使二世に庸主の行い有りて忠賢を任じ、臣主一心にして海内の患いを憂え、縞素して先帝の過ちを正し、地を裂き民を分かちて以て功臣の後を封じ、国を建て君を立てて以て天下に礼し、囹圄を虚しくして刑戮を免し、収孥汚穢の罪を去り、各おの其の郷里に反らしめ、倉廩を発き、財幣を散じて、以て孤独窮困の士を振い、賦を軽くし事を少なくして、以て百姓の急を佐け、法を約し刑を省きて、以て其の後を持し、天下の人をして皆自ら新たにするを得しめ、節を更め行いを循え、各おの其の身を慎ましめ、万民の望みを塞ぎて、盛徳を以て天下に与えば、天下息まん。即ち四海の内、皆歓然として各おの其の処に安楽し、唯だ変有るを恐る。狡害の民有りと雖も、上を離るるの心無く、則ち不軌の臣以て其の智を飾る無くして、暴乱の奸弥まん。二世此の術を行わず、重ぬるに無道を以てす。宗廟と民とを壊ち、更始して阿房の宮を作り、刑を繁くし誅を厳しくし、吏治刻深にして、賞罰当たらず、賦斂度無し。
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『新書』過秦下秦、周の祀を滅ぼし、海内を併せ、諸侯を兼ね、南面して帝を称し、四海を以て養わる。天下の士斐然として風に嚮うこと、是くの若きは何ぞや。曰く、近古王者無きこと久し。周室卑微にして、五霸既に滅び、令天下に行われず、是を以て諸侯力もて正し、強は弱を凌ぎ、衆は寡を暴し、兵革休まず、士民罷弊す。今秦南面して天下に王たり、是れ上に天子有るなり。即ち元元の民、其の性命を安んずるを冀い、虚心にして上を仰がざる莫し。此の時に当たりて、威を専らにし功を定むるは、安危の本、此に在り。
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『新書』過秦下秦王己に足れりとして問わず、遂に過ちて変えず。二世之を受け、因りて改めず、暴虐以て禍を重ぬ。子嬰孤立して親無く、危弱にして輔無し。三主の惑い、終身悟らず、亡ぶこと宜しからずや亦た宜なるかな。此の時に当たりて、世に深謀遠慮化を知るの士無きに非ず。然るに敢えて忠を尽くし過ちを払わざる所以は、秦の俗忌諱の禁多ければなり。忠言未だ口に卒らざるに、身糜没す。故に天下の士をして耳を傾けて聴き、足を重ねて立ち、口を闔じて言わざらしむ。是を以て三主道を失いて、忠臣諫めず、智士謀らざるなり。天下已に乱れて、奸臣上に聞せず、豈に悲しからずや。先王壅蔽の国を傷るを知る、故に公卿大夫士を置き、以て法を飾り刑を設けて天下治まる。其の彊きや、暴を禁じ乱を誅して天下服し、其の弱きや、五霸征して諸侯従い、其の削らるるや、内は守り外は附きて社稷存す。故に秦の盛んなるや、法を繁くし刑を厳しくして下震うこと無く、其の衰うるに及びては、百姓怨みて海内叛く。故に周王の序は其の道を得て、千余載絶えず、秦は本末并せ失い、故に長かる能わず。此に由りて之を観れば、安危の統相去ること遠し。
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『新書』過秦上且つ夫れ天下は小弱に非ざるなり。雍州の地、崤函の固き、自若たり。陳渉の位は、斉・楚・燕・趙・韓・魏・宋・衛・中山の君より尊きに非ざるなり。鉏耰棘矜は、鈎戟長鎩より銛からざるなり。適戍の衆は九国の師に亢するに非ざるなり。深謀遠慮、行軍用兵の道は、郷時の士に及ぶに非ざるなり。然り而して成敗変を異にし、功業相反するは、何ぞや。試みに山東の国をして陳渉と長を度り大を絜り、権を比べ力を量らしめば、則ち年を同じくして語る可からず。然るに秦は区区の地を以て、万乗の勢に至り、八州を序して同列を朝せしむること、百有余年なり。然る後六合を以て家と為し、崤函を宮と為す。一夫難を作して七廟堕ち、身は人の手に死し、天下の笑いと為るは、何ぞや。仁心施さずして、攻守の勢異なればなり。
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『新書』過秦上始皇既に没し、余威殊俗に振るう。然り而して陳渉は、甕牖縄枢の子、氓隷の人にして、遷徙の徒なり。才能中人に及ばず、仲尼・墨翟の賢、陶朱・猗頓の富有るに非ず。足を行伍の間に躡み、俛起して阡陌の中に起こり、疲弊の卒を率い、数百の衆を将い、転じて秦を攻む。木を斬りて兵と為し、干を掲げて旗と為せば、天下雲合して嚮応し、糧を贏いて景のごとく従う。山東の豪傑並び起こりて秦の族を亡ぼせり。
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