慎思録 / 巻之六
雷之墮地而成形者。何也。葢在天成象。在地成形。雷是水火之所激發。其氣大聚甚盛。一時落地。不能暴消散。忽凝結而成形者也。其成形也。或爲斧槌之形。或爲鳥獸之形。葢既落地成形。則與在地之品物相類。亦自然之理。久則盡消而無餘。不可爲怪也。
新字:雷之堕地而成形者。何也。葢在天成象。在地成形。雷是水火之所激発。其気大聚甚盛。一時落地。不能暴消散。忽凝結而成形者也。其成形也。或為斧槌之形。或為鳥獣之形。葢既落地成形。則与在地之品物相類。亦自然之理。久則尽消而無余。不可為怪也。
書き下し
雷の地に堕ちて形を成す者は、何ぞや。蓋し天に在りては象を成し、地に在りては形を成す。雷は是れ水火の激発する所、其の気大いに聚まり甚だ盛んにして、一時地に落つ。暴かに消散すること能はず、忽ち凝結して形を成す者なり。其の形を成すや、或は斧槌の形と為り、或は鳥獣の形と為る。蓋し既に地に落ちて形を成せば、則ち地に在るの品物と相類す。亦自然の理なり。久しければ則ち尽く消えて余り無し。怪しと為すべからざるなり。
現代語訳
雷が地に落ちて形を成すのはなぜでしょうか。思うに天にあっては象を成し、地にあっては形を成します。雷は水と火が激しくぶつかって発したもので、その気が大いに集まって非常に盛んになり、一時に地に落ちます。急に消え散ることができず、たちまち凝り固まって形を成すのです。その形は斧や槌の形になったり、鳥や獣の形になったりします。思うにいったん地に落ちて形を成せば、地上の品物と似てくるのも自然の理です。時がたてばすべて消えて何も残りません。怪しいこととすべきではありません。
解説
落雷の跡に斧や獣の形をしたものが見つかるという当時の俗説を、気の理によって説明し、怪異とする必要はないと述べた条です。「天に在りては象を成し、地に在りては形を成す」は『易経』繋辞上伝の語です。いわゆる雷斧・雷獣の話は江戸時代に広く信じられ、益軒も『大和本草』で取り上げています。今の科学から見れば説明は正しくありませんが、不思議な現象を祟りや怪異とせず、理で説明しようとする態度に、益軒の合理的な精神が表れています。
この章句が説くこと
理気雷自然易経
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