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慎思録 / 巻之六

不能詩者。不知詩。而好妄作。却自私以爲巧。而不能知其拙陋。好作無用之閑言語。每以夸示于人。難免識者之誹笑。然觀者不忍面誚其拙。退而後言。作者不知焉。顏氏家訓所謂詅癡符之謂。可恥也。吾輩素拙陋。所以不敢好作詩也。

新字:不能詩者。不知詩。而好妄作。却自私以為巧。而不能知其拙陋。好作無用之閑言語。毎以夸示于人。難免識者之誹笑。然観者不忍面誚其拙。退而後言。作者不知焉。顔氏家訓所謂詅痴符之謂。可恥也。吾輩素拙陋。所以不敢好作詩也。

書き下し

詩を能くせざる者は、詩を知らずして妄りに作ることを好み、却つて自ら私かに以て巧なりと為して、其の拙陋を知ること能はず。好んで無用の閑言語を作り、毎に以て人に夸示す。識者の誹笑を免れ難し。然れども観る者、面に其の拙を誚むるに忍びず、退きて後に言ふ。作者は知らず。顔氏家訓の所謂詅癡符の謂なり。恥づべきなり。吾輩素より拙陋なり。敢へて詩を作ることを好まざる所以なり。

現代語訳

詩の下手な者は、詩のことを知らないのにむやみに作ることを好み、かえって内心では上手だと思って、自分の拙さに気づきません。好んで役に立たない閑な言葉を作り、いつも人に見せびらかします。見識ある人の笑いを免れがたいのです。しかし見る人は面と向かってその拙さを責めるのは忍びないので、席を立ってから陰で言います。作者はそれを知りません。『顔氏家訓』にいう「詅癡符(愚かさを売り歩く札)」とはこのことで、恥ずべきことです。私はもともと拙いので、あえて詩を作ることを好まないのです。

解説

才能がないのに詩を作って人に見せたがる愚かさを戒めた条です。「詅癡符」は『顔氏家訓』文章篇に出る語で、下手な文章を得意げに広めることを、愚かさを宣伝する札にたとえたものです。人は面と向かって拙さを指摘してくれず、陰で笑うという観察は痛烈です。益軒自身は詩作を控え、実用の書を多く著しました。SNSで発信する今こそ、褒め言葉の裏にある沈黙を想像し、自分の得手不得手を知る謙虚さが問われます。

この章句が説くこと

謙虚自知顔氏家訓

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