葉隠 / 聞書第一
「何某は氣情者なり、何某の前にて斯樣の儀を申し候。」と話す人あり。それが面に似合はぬ言分なり。曲者といはれたき迄なり。卑い位なり。青き所がある人と見えたり。その樣に、人の前にて物を云ふは槍持中間の出會同然にて賤しき事なり。「侍たる者は、まづ禮儀正しきとこそ美しけれ。」と。扇 鼻紙 料紙 臥具などは、少しよき物にても苦しからざるなり。居宅 衣裳 諸道具等つらに似合はぬ事する人多し。
新字:「何某は気情者なり、何某の前にて斯様の儀を申し候。」と話す人あり。それが面に似合はぬ言分なり。曲者といはれたき迄なり。卑い位なり。青き所がある人と見えたり。その様に、人の前にて物を云ふは槍持中間の出会同然にて賤しき事なり。「侍たる者は、まづ礼儀正しきとこそ美しけれ。」と。扇 鼻紙 料紙 臥具などは、少しよき物にても苦しからざるなり。居宅 衣裳 諸道具等つらに似合はぬ事する人多し。
書き下し
何某(なにがし)は気性者(きしょうもの)なり、何某の前にてかような儀を申し候(そうろう)」と話す人あり。それが面(つら)に似合わぬ言い分なり。曲者(くせもの)と言われたきまでなり。卑(いや)しき位なり。青き所がある人と見えたり。そのように、人の前にて物を言うは槍持(やりもち)中間(ちゅうげん)の出会い同然にて賤(いや)しき事なり。「侍たる者は、まず礼儀正しきとこそ美しけれ」と。扇・鼻紙・料紙・臥具(がぐ)などは、少しよき物にても苦しからざるなり。居宅・衣裳・諸道具など面(つら)に似合わぬ事する人多し。
現代語訳
人前で大言壮語するな。「あの男は気の強い者で、誰それの面前でこんな大胆なことを言ったのだ」と自慢げに話す者がいる。だがそれは、その顔つき・器量に似合わない言い草だ。ただ「曲者」と呼ばれたい一心にすぎない。卑しい心根である。まだ未熟なところの残る人物と見える。そのように人前で大きな口をきくのは、槍持ちや中間といった下僕が出会って威張り合うのと同じで、賤しいことだ。「侍たる者は、まず礼儀正しいのが美しい」という。扇・鼻紙・料紙・寝具などは、少しくらい良い物を持っても構わない。だが住まい・衣装・道具の類で、身分不相応な贅沢をする者が多い。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「恭者は人を侮らず、儉者は人より奪わず。人を侮り奪うの君は、惟だ順わざらんことを恐る。惡くんぞ恭儉を為すを得んや。恭儉は豈に聲音笑貌を以て為す可けんや。」
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『大和俗訓』巻之八・応接一君子は、礼儀を専らにして、争なし。争は小人のことなり。小人は、人に交れば、わが才智芸能など、凡我が身に能あるを以て、人にほこり争ふ。是礼儀の道にあらず。獣の角と牙とを以て争ふが如し。争はざるは、人に交るの道なり。凡節義をまもり、武勇を行ふは、進んで人に先だつべし。其外の事は人に先だたず、少し人におくれ、少し人にまけたるが、争なくして礼にかなひ、其上禍なき道なり。
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孔子家語・弟子行齊莊にして能く肅、誌通じて禮を好む。兩君の事を擯相し、篤雅にして節有り、是れ公西赤の行なり。子曰わく、『禮經三百、勉めて能くす可きも、』威儀三千は則ち難きなり。公西赤問いて曰わく、『何の謂いぞや。』子曰わく、『貌以て禮を儐し、禮以て辭を儐す、是れを難しと謂う。』衆人之を聞き、以て成れりと為す。孔子人に語りて曰わく、『賓客の事に當たれば、則ち達す。』門人に謂いて曰わく、『二三子の賓客の禮を學ばんと欲する者は、其れ赤に於いてせよ。滿ちて盈たず、實にして虛しきが如く、之に過ぐるも及ばざるが如し、先王も之を難しとせり。』
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徒然草・第233段万の科あらじと思はば、何事にも誠ありて、人を分かず恭しく、言葉すくなからむには如かじ。男女老少みなさる人こそよけれども、殊に若くかたちよき人の、言うるはしきは、忘れがたく思ひつかるゝものなり。よろづのとがは、馴れたるさまに上手めき、所得たるけしきして、人をないがしろにするにあり。
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孟子・離婁章句下公行子、子の喪有り。右師往きて弔す。門に入るや、進みて右師と言う者有り。右師の位に就きて右師と言う者有り。孟子、右師と言わず。右師悅ばずして曰く、「諸君子皆、驩と言う、孟子獨り驩と言わず。是れ驩を簡にするなり。」孟子、之を聞きて曰く、「禮に、『朝廷には位を歷て相與に言わず、階を踰えて相揖ぜず。』と。我、禮を行わんと欲するに、子敖は我を以て簡なりと為す。亦た異ならずや。」
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『武士道』第六章 禮儀・絶えず移りゆく流行を追う愚宜なり、衣食足りて礼節を知ると謂ひ、又たヴェブレン氏が多趣味の著『有閑階級論』に於て、礼は『有閑階級者の生活の産む所にして、又た之を表するものなり』と云ふこと。欧人ややもすれば我が礼儀の委曲繊巧に流るるを嗤ひ、思慮を役する大にして、之を固守すること其愚及ぶべからずと評す。予も亦た礼儀の繁縟なるよりして、徒に無用の細節に泥むことあるを知る。されど、泰西の絶えず移りゆく流行を追ふの愚に比するに、予は、にはかに其優劣を判ずるに苦しむものなり。然るに予は彼の流行すらも、なお之を目して、虚栄の癖好なりとせざるのみならず、反つて之を認めて、人心の断えず美を慕ふ所以なりとす。されば何すれぞ、繊巧なる儀礼を以て全く取るに足らずとせんや。

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