慎思録 / 巻之六
人之凶德。無大於拒諫。所以不能保家與身也。葢剛愎者不受諫。性偏而多忿慾。且識暗而不曉於義理與利害。所以拒諫而不納也。諫君之難也。過於赴强敵。何則赴强敵者。其勢有奮發勇猛之氣。幸而有免死者。則亦得名譽。而却有重賞。諫君者。其勢不能不畏怖慴伏。幸而免死者。亦遇重譴。而後禍難測。故爲臣者。雖忠誠剛直。知其被拒。而或不敢諫。所以難於諫諍也。人主雖性偏而多忿慾。苟有聰明之資。則知其害乎人與害乎己。故能納諫而不怒。是亦難得其人也。如拒諫人。顏色不和。則雖其父兄君主。亦不易責其子弟臣僕之過失。况於諫君主乎。是庸人之所以不能聞過而遂非也。
新字:人之凶徳。無大於拒諫。所以不能保家与身也。葢剛愎者不受諫。性偏而多忿慾。且識暗而不暁於義理与利害。所以拒諫而不納也。諫君之難也。過於赴強敵。何則赴強敵者。其勢有奮発勇猛之気。幸而有免死者。則亦得名誉。而却有重賞。諫君者。其勢不能不畏怖慴伏。幸而免死者。亦遇重譴。而後禍難測。故為臣者。雖忠誠剛直。知其被拒。而或不敢諫。所以難於諫諍也。人主雖性偏而多忿慾。苟有聰明之資。則知其害乎人与害乎己。故能納諫而不怒。是亦難得其人也。如拒諫人。顔色不和。則雖其父兄君主。亦不易責其子弟臣僕之過失。況於諫君主乎。是庸人之所以不能聞過而遂非也。
書き下し
人の凶徳は、諫を拒むより大なるは無し。家と身とを保つこと能はざる所以なり。蓋し剛愎なる者は諫を受けず、性偏にして忿慾多く、且つ識暗くして義理と利害とに暁らかならず。諫を拒みて納れざる所以なり。君を諫むるの難きや、強敵に赴くに過ぐ。何となれば則ち強敵に赴く者は、其の勢奮発勇猛の気有り。幸ひにして死を免るる者有らば、則ち亦名誉を得て、却つて重賞有り。君を諫むる者は、其の勢畏怖慴伏せざること能はず。幸ひにして死を免るる者も、亦重譴に遇ひて、後の禍測り難し。故に臣たる者は、忠誠剛直なりと雖も、其の拒まるるを知りて、或は敢へて諫めず。諫諍に難き所以なり。人主、性偏にして忿慾多しと雖も、苟も聡明の資有らば、則ち其の人を害し己を害するを知る。故に能く諫を納れて怒らず。是れ亦其の人を得難し。如し諫を拒む人、顔色和らがざれば、則ち其の父兄君主と雖も、亦其の子弟臣僕の過失を責むること易からず。況んや君主を諫むるに於いてをや。是れ庸人の過ちを聞くこと能はずして遂に非を遂ぐる所以なり。
現代語訳
人の悪い徳のうち、諫めを拒むことより大きなものはありません。家も身も保てなくなる理由です。思うに、強情な者は諫めを受け入れません。性質が偏っていて怒りや欲が多く、そのうえ見識が暗く、道理と利害に通じていないので、諫めを拒んで聞き入れないのです。君主を諫めることの難しさは、強敵に向かっていくことより上です。なぜなら強敵に向かう者には、奮い立つ勇猛な気勢があり、幸いに死を免れれば名誉も得られ、重い褒賞まであります。君主を諫める者は、どうしても畏れ縮こまらざるをえず、幸いに死を免れても重い咎めを受け、後の災いは測りがたいのです。だから臣下は、忠誠で剛直であっても、拒まれると分かっていれば、あえて諫めないことがあります。これが諫言の難しさです。君主が偏った性質で怒りや欲が多くても、聡明な資質があれば、それが人を害し自分を害すると分かるので、諫めを受け入れて怒りません。しかしそういう人はなかなか得られません。もし諫めを拒む人が顔色を和らげないなら、父兄や君主であっても、子弟や家来の過ちを責めることは容易ではありません。まして君主を諫めることはなおさらです。これこそ凡人が自分の過ちを聞けず、ついに非を押し通してしまう理由です。
解説
この章句が説くこと
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『十善法語』巻第五・不綺語戒十善ノ縄墨ヲ以テ看レハ。此ハ宗周盛徳ノ一事ト云ヘシ。忠臣ノ幼主ニ事フル。カク有ヘク。明君ノ諫ヲ用フル。カク有ヘキシヤ。凡徳ヒトリ立セズ。輔助有テ成立スルシヤ。事自ラ成セス。縁助有テ成立スルシヤ。幼シテ邪僻ナラス。長シテ華奢ナラヌ。父母師傅ノ教導ソノ功少カラヌシヤ。唯国ニ直臣得難ク。家ニ良佐得難ク。賢聖トイヘトモ過モ有マシキモノテナイ。直言ヲ聞テ自ラ過ヲ知ヘク。過ヲ知テ改ルカ聖賢ノ志シヤ。
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『慎思録』巻之一人の性は多く偏る。聖人に非ざるよりは、免れ難き所なり。性の偏る処は、乃ち過ちの生ずる所なり。故に賢者と雖も、過ち無きこと能はず。苟も自ら修省すること能はざれば、則ち其の言行の過たざる者寡し。且つ衆人の心は、多く壅蔽して偏狭なり。故に学者は多く見多く聞き、問ふことを好み人に取り、過ちを聞きて諫めを納るるを貴ぶ。徒らに己が見を執りて自ら是とするを貴ばず。
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『慎思録』巻之四堯舜湯武の天下に王たるや、其の政治豈に過失有らんや。然れども堯に敢諫の鼓有り、舜に誹謗の木有り、湯に司過の士有り、武王に戒慎の鞀有り。猶ほ自ら其の過ちを知ること能はざらんことを恐る。且つ其の臣に禹稷契皐陶伊尹萊朱周公太公望散宜生の諸聖賢有りて、輔相無しと為さず。然れども其の広く其の過ちを聞知せんと欲すること此の如し。今の学者の如きも、亦た当に博く聞き広く覧ることを要すべし。己の見を主として、其の聡明を掩蔽すべからず。
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