慎思録 / 巻之六
夫婦之別。先儒以爲屬智。葢閨門之中。匹配之際。至親近。動易至褻狎。褻狎則易迷溺。混亂而無別。且婦人之情性與男子異。昏愚忿嫉難曉。男子苟不知之。則忿恚交發。而至反目。是家之所以不正也。女正位於內。男正位於外。而家道正者。乃有別也。葢分別者。知之理也。分內外。各正其位。而不至褻狎迷溺。且能知婦人之性情。而制御得宜也。非知之明白。則不能矣。是夫婦之有別者。所以屬知也。
新字:夫婦之別。先儒以為属智。葢閨門之中。匹配之際。至親近。動易至褻狎。褻狎則易迷溺。混乱而無別。且婦人之情性与男子異。昏愚忿嫉難暁。男子苟不知之。則忿恚交発。而至反目。是家之所以不正也。女正位於内。男正位於外。而家道正者。乃有別也。葢分別者。知之理也。分内外。各正其位。而不至褻狎迷溺。且能知婦人之性情。而制御得宜也。非知之明白。則不能矣。是夫婦之有別者。所以属知也。
書き下し
夫婦の別は、先儒以て智に属すと為す。蓋し閨門の中、匹配の際、至りて親近なれば、動もすれば褻狎に至り易し。褻狎なれば則ち迷溺し易く、混乱して別無し。且つ婦人の情性は男子と異なり、昏愚忿嫉にして暁り難し。男子苟し之を知らざれば、則ち忿恚交々発して、反目に至る。是れ家の正しからざる所以なり。女は位を内に正し、男は位を外に正して、家道正しき者は、乃ち別有ればなり。蓋し分別は知の理なり。内外を分ち、各々其の位を正して、褻狎迷溺に至らず、且つ能く婦人の性情を知りて、制御宜しきを得るなり。知の明白なるに非ざれば、則ち能はず。是れ夫婦の別有る者の、知に属する所以なり。
現代語訳
夫婦の別について、先儒はこれを智に属するものとしました。思うに家の奥で夫婦として連れ添うときは、あまりに親しく近いので、ともすれば馴れ馴れしくなりがちです。馴れ馴れしくなると溺れて迷いやすく、けじめがなく乱れてしまいます。しかも女性の気質は男性と異なり、(当時の見方では)理屈が通りにくく怒りや嫉妬にかられやすいものです。男性がそれを知らないと、怒りが互いに起こって反目するに至ります。これが家の正しくならない原因です。女は内に位を正し、男は外に位を正して家の道が正しくなるのは、別があるからです。思うに分け隔てることは知のはたらきです。内と外を分け、それぞれの位を正して馴れ合いや溺れに至らず、しかも相手の気質をよく知って、うまく導くことができるのです。知が明らかでなければできません。これが夫婦の別が知に属する理由です。
解説
この章句が説くこと
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