論語 / 八佾篇
或問禘。子曰:『不知也。知其說者之於天下也、其如示諸斯乎。』指其掌。
新字:或問禘。子曰:『不知也。知其説者之於天下也、其如示諸斯乎。』指其掌。
書き下し
或るひと禘を問う。子曰く、『知らざるなり。その説を知る者の天下に於けるや、其れ諸を斯に示すが如きか。』と掌を指す。
現代語訳
ある人が禘の祭りについて尋ねた。孔子は「私は知らない」と答え、「その意味を理解している人が天下にいるなら、まるでこの掌に示して見せるようなものだ」と言って手のひらを指さした。
解説
或る人が禘の祭りの意味を尋ねたところ、孔子は「知らない」と正直に答えました。そして「その意味を本当に理解している人がこの世にいたなら、まるでこの手のひらを見るように、はっきりと世の中を治められるだろう」と言って、自分の手のひらを指し示しました。深い意味を軽々しく語らない慎み深さと、知らないことを素直に認める姿勢が表れた場面です。これは、誰かの上に立つ人ほど心に留めておきたい態度です。何でも知っているふりをして見栄を張ると、間違った判断をしてしまうだけでなく、周りの人も本音を言いにくくなります。親が子どもに、先輩が後輩に、店の主人がお客様に接するときも同じで、分からないことは分からないと言い、詳しい人の話に素直に耳を傾けたほうが、かえって物事はうまく運びます。知ったかぶりをしない謙虚さこそ、周りの知恵を引き出す力になるのです。
この章句が説くこと
知謙虚専門
関連する章句
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『文武訓』文訓上之末一何事も、知らぬさましたるぞよき。みづからはわたくしに引かれて、よく知れりと思へど、いまだよく知らぬこと多ければ、わが心にゆるしがたし。よく知らで、知れりとするかほつきなるもにくし。子路の、知らざるを知れりとするは、いつはりて知れりとするにはあらず、わが心にはまことに知れりとおもへど、わが気あらく、心くはしからずして、あやまりてすでに知れりと思へるなり。ひとへにおもへば、まだ知らぬことを、すでによく知れりと思ひあやまること多し。浦の浜木綿の百重なることを思ふべし。
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『慎思録』巻之五不賢者の稟性や、特に其の行の分数足らざるのみに非ず、其の知も亦分数を欠く。蓋し行の短き所は、其の知も亦足らず。是を以て或いは人の規誨を聞くと雖も信ぜず、亦自ら其の短き所を知ること能はず。此れ知と行と皆足らざるなり。甚だしいかな、気質を変化するの難きや。韓子曰く、学ぶ者各其の性の近き所を得、と。此の言最も是なり。学問力行すと雖も、只他の資質の好き処の上に就きて、些少の好きを添へ得るのみ。是れ知の足らざるが故のみ。此の故に学は公聴博覧、己を舎てて人に従ふを貴ぶ。須らく自ら是とせずして一箇の是当の処を求むべし。徒に己の見を執りて自ら用ふるを貴ばず。是れ知を開くの方なり。
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『文武訓』文訓上之末一義理の学、文字の学ある人、又文学なくとも、一材一芸に長ずる人にあはば、わが才学と芸能にほこらず、みづからは黙して言はず、只その人の知れることを尋ねて、其言語をつつしんで聞くべし。必ず益あるべし。わが智を先だてて才学にほこり、わが少し知れることをよく知りがほにかたれば、われに益なし。みづからは、才智をあらはさんと思へど、識者のいやしむ所なり。学芸ある人のいへることを聞きてこそ、益あるべけれ。人に言はせずして、我ひとりいはば益あるべからず。又芸ある人にかぎらず、其人の居る処の国土の名所旧跡土産などのこと、又其人の家業のことに附きても、尋ね問ひてよく聴かば、必ず益あるべし。凡人に問ふは智を求むる道なり。
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『文武訓』文訓下一常人は、わが身を知るにくらし。是、私の一字まぬかれがたければなり。わが身に才智なけれどありとし、少しあるは大にありとす。学問芸能つたなけれど、すぐれたりと思ひて、人に対してほこるは、我身を知らざるなり。是、愚なるなり。又わが詩歌文章のつたなきをよしとおもひて、人にしめすこと世に多し。殊に詩文は、わが国のこと葉にあらず、作りがたし。其上文学ひろく文字を多く知らざれば作りがたく、作ればひがごと多し。文学つたなくてこのんで詩文を作れば、意も詞もふつつかに、法に合はざることのみ多きを知らず、わが身に私して、かへつてよしとおもひてみづからほこり、わが美をあらはさんとて人にしめす。是亦わが身をしらざればなり。不智なること甚し。詩も歌も、古人の作わが心にかなへるもの多し。其境地の風景と、其時節の情懐に合へる詩歌、亦多し。是を吟ぜば、労せずしてわが悪しき詩歌を作るにまさりなん。是を吟詠して興をやるべし。
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『文武訓』文訓下一凡わかき人、智なき人、無学なる人、此三品の人は、つつしんで人を褒めそしるべからず。必ず理にかなはず。ほめそしり理にちがへば、其愚なる事あらはれて恥づべし。一詩文章を知らずして、人の作れる詩文の善悪をほめそしるべからず。手跡をほめそしるも同じ。手跡をしらずして、人の手跡の善悪をほめそしるべからず。
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『慎思録』巻之一舜四岳に詢り、四門を闢き、四目を明らかにし、四聡を達す。此くの如くにして天下の聡明に旁く達し、視聴を四方に広めて、以て天下の壅蔽を決すべし。蓋し天下は至大なり。唯下情通ぜず、聞見に壅蔽有らんことを恐る。然れども四方の目を以て目と為せば、則ち視ざる所無し。四方の耳を以て耳と為せば、則ち聴かざる所無し。四方の心を以て心と為せば、則ち通ぜざる所無し。舜の大智、己を舎てて人に従ひ、人に取りて以て善を為すこと此くの如し。学者の道に於けるも、亦当に是を以て法と為すべし。蓋し天地万物の理、天下古今の事は、広大と謂ふべし。須らく其の心胸を開濶し、其の聞見を広博にして、以て天下古今の善を取り、天地万物の理を明らかにすべし。苟も一己の視聴を負みて自ら是とし人に取らざれば、則ち壅塞して通ぜず、偏陋にして大ならず。所謂自ら用ふれば則ち小なり。不明孰れか焉より甚だしからん。此くの如き偏狭蔽固の見を以て、天地万物天下古今無窮の道理を究めんと欲す。亦難からずや。
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