慎思録 / 巻之五
文而不武。謂之腐儒。是柔懦而不堪立大事。武而不文。謂之傖夫。是鄙俗而不知義理。二者偏于一事。文武彬彬不偏者。是可爲君子儒也。
新字:文而不武。謂之腐儒。是柔懦而不堪立大事。武而不文。謂之傖夫。是鄙俗而不知義理。二者偏于一事。文武彬彬不偏者。是可為君子儒也。
書き下し
文にして武ならざる、之を腐儒と謂ふ。是れ柔懦にして大事を立つるに堪へず。武にして文ならざる、之を傖夫と謂ふ。是れ鄙俗にして義理を知らず。二者は一事に偏る。文武彬彬として偏らざる者、是れ君子の儒と為すべきなり。
現代語訳
学問ばかりで武がない者を腐儒といいます。これは柔弱で臆病で、大事を成し遂げることに堪えられません。武ばかりで学問がない者を傖夫といいます。これは卑しく粗野で、義理を知りません。この二つはどちらも一方に偏っています。文と武がほどよく調和して偏らない者こそ、君子の儒とすべきです。
解説
「彬彬」は『論語』雍也篇の「文質彬彬として、然る後に君子なり」から来る語で、外面の文と内面の質がほどよく調和したさまをいいます。益軒はこれを文と武の調和に当てはめます。傖夫は粗野な田舎者をさす語です。武士の国の儒者として、益軒は学問だけで実務や胆力のない学者も、武勇だけで道理を知らない武士も退けます。益軒自身、藩の実務にも携わった人でした。知識だけで行動力のない人、行動力だけで考えの浅い人。どちらにも偏らず両方を備えることは、今の仕事人にも求められる資質です。
この章句が説くこと
文武中庸君子儒者彬彬
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