家道訓 / 巻之六・用財下
一凡財を用ふるには、心を用ひて、よき程の節にかなひて、過不及のあやまりなかるべし。用ふべき時は用ひ、あたふべき時はあたふべし。をしむべからず。君子の儉約を行ふは、用ふべき時用ひんがためなり。費ををしむこと過ぎて中をうしなひ、心せはしくして、わが樂み人の和をうしなふべからず。
新字:一凡財を用ふるには、心を用ひて、よき程の節にかなひて、過不及のあやまりなかるべし。用ふべき時は用ひ、あたふべき時はあたふべし。をしむべからず。君子の倹約を行ふは、用ふべき時用ひんがためなり。費ををしむこと過ぎて中をうしなひ、心せはしくして、わが楽み人の和をうしなふべからず。
書き下し
一凡財を用ふるには、心を用ひて、よき程の節にかなひて、過不及のあやまりなかるべし。用ふべき時は用ひ、あたふべき時はあたふべし。をしむべからず。君子の倹約を行ふは、用ふべき時用ひんがためなり。費ををしむこと過ぎて中をうしなひ、心せはしくして、わが楽み人の和をうしなふべからず。
現代語訳
およそ財を用いるには、心を用いて、ほどよい節度にかない、過ぎたり及ばなかったりする誤りがないようにしなさい。用いるべき時には用い、与えるべき時には与えなさい。惜しんではいけません。君子が倹約を行うのは、用いるべき時に用いるためです。出費を惜しむことが過ぎて中庸を失い、心がせわしくなって、自分の楽しみと人の和を失ってはいけません。
解説
「君子の儉約を行ふは、用ふべき時用ひんがためなり」という一句が、家道訓の倹約観を最もよく表しています。倹約はお金を貯め込むこと自体が目的ではなく、いざという時や大事な場面で惜しまず使えるように備えることだというのです。過不及のない「節」、すなわち儒学の中庸の考えを財の使い方に当てはめています。ふだんは質素でも、教育や人への礼、困った時の助けには思い切って使えることこそ、本当の意味で賢いお金の使い方だと教えてくれます。
この章句が説くこと
倹約節中庸君子財
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