慎思録 / 巻之五
聲色臭味之美者。是耳目口鼻之所好。而人之所欲也。雖君子亦然。只其所好。各有邪正多寡而已矣。君子之所好者。順理而正。小人之所好者。順欲而邪。或雖所好正也。然過甚則有害義。亦非君子之所爲也。好之正。而且無過不及者。君子之所爲也。
新字:声色臭味之美者。是耳目口鼻之所好。而人之所欲也。雖君子亦然。只其所好。各有邪正多寡而已矣。君子之所好者。順理而正。小人之所好者。順欲而邪。或雖所好正也。然過甚則有害義。亦非君子之所為也。好之正。而且無過不及者。君子之所為也。
書き下し
声色臭味の美なる者は、是れ耳目口鼻の好む所にして、人の欲する所なり。君子と雖も亦然り。只其の好む所、各邪正多寡有るのみ。君子の好む所の者は、理に順ひて正し。小人の好む所の者は、欲に順ひて邪なり。或いは好む所正しと雖も、然れども過ぎて甚だしければ則ち義を害する有り。亦君子の為す所に非ざるなり。之を好むこと正しくして、且つ過不及無き者は、君子の為す所なり。
現代語訳
美しい音や色、香りや味は、耳目口鼻が好むもので、人が欲するものです。君子でもそれは同じです。ただその好むものに、それぞれ邪と正、多い少ないの違いがあるだけです。君子が好むものは理に従っていて正しい。小人が好むものは欲に従っていて邪です。また好むものが正しくても、度を越して甚だしければ義を損なうことがあります。これも君子のすることではありません。好むことが正しく、しかも行き過ぎも足りなさもないのが、君子のすることです。
解説
益軒は、感覚の快楽を好むこと自体は君子も凡人も変わらないと率直に認めます。欲を否定するのではなく、その向きと程度を問うのです。これは禁欲を説く仏教とは異なる儒学の立場で、『中庸』の過不及のない中を基準にしています。『養生訓』でも益軒は、飲食や楽しみを断つのではなく、ほどほどにすることを繰り返し説きました。趣味や嗜好品を楽しむことは悪いことではありません。ただ、それが道理にかなっているか、度を越していないかを時々点検する。それが健やかに楽しむ秘訣です。
この章句が説くこと
欲中庸過不及好悪節度
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