言志四録 / 言志晩録 第百八十一条 寧ろ及ばざるも過ぐる勿れ
過越。過愆。字同而訓異。余見世人過越者必過愆。是其所以爲同字。故人事寧不及勿過。
新字:過越。過愆。字同而訓異。余見世人過越者必過愆。是其所以為同字。故人事寧不及勿過。
書き下し
過越と過愆と、字同じくして訓異なり。余世人を見るに、過越する者は必ず過愆す。是れ其の同字たる所以なり。故に人事は寧ろ及ばざるも過ぐること勿れ。
現代語訳
「過越(度を越す)」と「過愆(あやまち)」とは、同じ「過」の字を使いながら意味が違う。私が世の人を見ると、度を越す者は必ずあやまちを犯す。これこそ同じ字を使っている理由である。だから人の事は、むしろ及ばない方がよく、度を越してはならない。
解説
「過」という一字に、「すぎる」と「あやまち」の二つの意味があることに着目した条です。一斎は、これは偶然ではなく、度を越すことが必ず誤りを生むからこそ同じ字が当てられたのだと、文字の成り立ちに人事の道理を読み取ります。『論語』先進篇の「過ぎたるは猶ほ及ばざるがごとし」は過と不及を等しく戒めますが、一斎はさらに一歩踏み込み、どちらかを選ぶなら不足の方がましだと言います。後の条の「事物は大抵七八分を以て極処と為す」とも響き合う考えです。成果を求めて無理を重ねたり、言い過ぎ、やり過ぎで信用を損ねたりすることは少なくありません。控えめに止めておく判断の価値を考えさせる言葉です。
この章句が説くこと
中庸過不及節度抑制失敗
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