酔古堂剣掃 / 集峭・縟なれば則ち太だ過ぐ
奇曲雅樂,所以禁淫也;錦繡黼黻,所以禦暴也。縟則太過,是以檀卿刺鄭聲,周人傷北里。
新字:奇曲雅楽,所以禁淫也;錦繍黼黻,所以禦暴也。縟則太過,是以檀卿刺鄭声,周人傷北里。
書き下し
奇曲雅樂は、淫を禁ずる所以なり、錦繡黼黻は、暴を禦ぐ所以なり。縟なれば則ち太だ過ぐ、是を以て檀卿は鄭聲を刺り、周人は北里を傷む。
現代語訳
すぐれた曲や雅やかな音楽は、みだらな心を抑えるためのものであり、錦や刺繍の礼服は、乱暴を防ぐためのものです。けれども飾りが多すぎれば度を越えてしまいます。だからこそ檀卿は鄭の国のみだらな音楽をそしり、周の人々は北里の舞(殷の紂王の退廃した音楽)を嘆いたのです。
解説
音楽や装いは本来、人の心を整えるためのものだが、過ぎればかえって害になるという一則です。雅楽は正しい音楽、黼黻は礼服に施した模様で、身分と礼を示すことで秩序を保つ役割がありました。縟は飾りがごてごてと多いことです。鄭声は論語で孔子が退けるべきだとした鄭の国の音楽、北里は殷の紂王が作らせた退廃的な舞楽とされます。檀卿という人物については確かなことが分かりません。文化や装飾は暮らしを豊かにしますが、目的を忘れて華美に走ると、本来の意味を失います。何のための飾りなのかを問い直す視点は、今のデザインや演出にも通じます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
節度礼楽中庸風雅節制
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