大和俗訓 / 巻之三・心術上
一我が身の慾を恣にするより大なる禍なし。人の非をそしるより大なる惡なしと、古人いへり。此二は、義理に乖くのみならず、身を亡す道なり。常に心にかけて戒むべし。一凡平生の心法は、眞實にして僞なかるべし。中庸に、誠天之道也、誠之者、人之道也といへり。誠は天之道也とは、陰陽のしわざ、日月のめぐり、春夏秋冬の次第、いにしへ今かはらず、草木の、春生じ、夏長じ、秋みのり、冬をさまりて、年々にかはりなきも、皆是天道の誠なり。誠之とは、人の力にて、つとめて誠にするを云ふ。人は天地の子なれば、天道の誠を法とし、したがひて行ふべし。是誠之は人之道なり。孔子も主忠信とのたまへり。此意は、誠を以て人の心の主とすべしとなり。
新字:一我が身の慾を恣にするより大なる禍なし。人の非をそしるより大なる悪なしと、古人いへり。此二は、義理に乖くのみならず、身を亡す道なり。常に心にかけて戒むべし。一凡平生の心法は、真実にして偽なかるべし。中庸に、誠天之道也、誠之者、人之道也といへり。誠は天之道也とは、陰陽のしわざ、日月のめぐり、春夏秋冬の次第、いにしへ今かはらず、草木の、春生じ、夏長じ、秋みのり、冬をさまりて、年々にかはりなきも、皆是天道の誠なり。誠之とは、人の力にて、つとめて誠にするを云ふ。人は天地の子なれば、天道の誠を法とし、したがひて行ふべし。是誠之は人之道なり。孔子も主忠信とのたまへり。此意は、誠を以て人の心の主とすべしとなり。
書き下し
一我が身の慾を恣にするより大なる禍なし。人の非をそしるより大なる悪なしと、古人いへり。此二は、義理に乖くのみならず、身を亡す道なり。常に心にかけて戒むべし。一凡平生の心法は、真実にして偽なかるべし。中庸に、誠は天の道なり、之を誠にする者は、人の道なりといへり。誠は天の道なりとは、陰陽のしわざ、日月のめぐり、春夏秋冬の次第、いにしへ今かはらず、草木の、春生じ、夏長じ、秋みのり、冬をさまりて、年々にかはりなきも、皆是天道の誠なり。之を誠にすとは、人の力にて、つとめて誠にするを云ふ。人は天地の子なれば、天道の誠を法とし、したがひて行ふべし。是之を誠にするは人の道なり。孔子も忠信を主とすとのたまへり。此意は、誠を以て人の心の主とすべしとなり。
現代語訳
「自分の欲をほしいままにすることより大きな禍はない。人の非をそしることより大きな悪はない」と古人は言いました。この二つは、義理に背くだけでなく、身を滅ぼす道です。いつも心にかけて戒めるべきです。およそふだんの心の法は、真実で偽りがあってはいけません。『中庸』に「誠は天の道である。これを誠にするのは人の道である」とあります。「誠は天の道である」とは、陰陽の働き、日月のめぐり、春夏秋冬の順序が、昔も今も変わらず、草木が春に芽生え、夏に伸び、秋に実り、冬に収まって、年々変わりがないのも、みな天道の誠です。「これを誠にする」とは、人の力で努めて誠にすることをいいます。人は天地の子ですから、天道の誠を手本とし、それに従って行うべきです。これが「これを誠にするのは人の道」ということです。孔子も「忠信を主とせよ」とおっしゃいました。この意味は、誠を人の心の主とせよということです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之五・信初にうけ合はざるは、しばらく人の心に喜ばずといへども、信に害なし。心よわく又気かろがろしくして、たやすくうけあひ、後に其約違ひぬれば、甚信に害あり。されど人の為に謀つて忠あるは、人にまじはる道なれば、なるべき理だにあらば、うけ合ひて心を尽すべし。是忠厚の道なり。誠は実理なり。ここを以て、真実无妄之を誠と謂ふと、程子もいへり。中庸に誠は天の道なりといへるは、天道の実理、自然に行はるるを云ふ。聖人の誠も、亦同じ。つとめずして、自ら実なるなり。又曰く、之を誠にする者は人の道なりといへるは、人の力を用ひて、つとめなすを誠之と云ふ。是即忠信なり。つとめずして自然なるは誠なり。つとめて実なるは忠信なり。誠は理なり。忠信は心なり。
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『初学訓』巻之四一およそ、農工商の三民は、君に仕へずして禄なし。みづから利養を求むるを専とす。されど、義理を捨てて利養を求むるは、天道に背き、人事を妨げて、たとひ、一旦の利を得るといへど、必ず天の咎人のにくみ有りて、後の禍にあふ。おろかなるものは、眼前の利をのみ謀りて、後の禍を知らず。不善を行ひて、利をむさぼること小なれば、財を失ふ。甚しければ、家を破り身を亡す。天のせめ人のにくみ遁れがたし、愚なるにあらずや。誠は天の道なり。之を誠にするは、人の道なり。四時行はれ、百物生る。善にさいはひし悪にわざはひす。是天道のまことなり、古今たがはず。人の道は、これを則として、つとめて誠にするにあり。ここをもつて、人の心は誠を主とす。誠あらざれば物なし。君父によく仕へ、いかなる善を行ひても、誠なければ為す事皆ひがごとなり。是を物なしといふ。つとめて善を行ふも、誠なければ、みづから欺き、人を欺くに至る、惜むべし。欺くとは偽るなり。故に、万の事誠を本とすべし。孔子の主忠信とのたまふも、此意なり。忠信は誠の心なり。
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『五常訓』巻之一・総論一天の道、万古よりこのかた、常に行はれて止まず。春夏秋冬の序、日月のめぐり、寒暑温涼のおしうつる、皆其時たがはず。万物の生ずる、年々に、各其形色をあらためず。桃は紅に、李は白くして、万世までもかはらず。是即天道の誠なり。人の性に仁義礼智の四徳ありて、其中におのづから信あるは、天道の元亨利貞の内に誠あるが如し。天地の運行、人物の性、万世にいたりてかはらず。是即天道の誠なり。
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『五常訓』巻之五・信信は、天道にていはば誠なり。真実無妄を誠と云ふ。天道に春夏秋冬の四時あり。其内に土用あり。四時に元亨利貞の四徳あり。四徳の実にして、万世までたがはざるは誠なり。人に仁義礼智ありて、其内に信ある亦かくの如し。元亨利貞、四時のめぐりの序ちがはざるは、即誠なり。天道の、春生じ、夏長じ、秋をさめ、冬かくすこと、年々同じく、日月のめぐり、四時の温熱涼寒、人物のかたちも性も、万古より今に至りてかはらず。桃花は年々紅に、李花は年々白きも、皆是天道の誠たがはざるなり。天道にありては誠と云ひ、人に生れつきては信と云ふ。天にあり、人にある、理は一なり。
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『大和俗訓』巻之三・心術上忠信は即人の誠なり。誠といはずして、忠信とのたまへるは、心にいつはりなくするは忠なり。言と事とにいつはりなくするは信なり。誠は天理の自然を云ふ。忠信は人のつとめ行へる誠を云ふ。理は一にして、おのづからなると、つとむるとの別あり。程子も、人道は唯忠信にあり、誠ならざれば物なしといへり。君父につかふるにも、誠なければ忠孝にあらず、万の事、誠なければ、さばかりの善事をなすといへど、偽となれば実事にあらず。つとめ行ふもあだごとなり。是無物なり。善事をつとめ行はば、名利のためにせずして、誠を以て行ふべし。是誠の善なり。
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『楽訓』巻之中・節序一すべて一年の内、月日のめぐり、四時の行はれ、百物のなれるついで、年ごとにたがはず。万古より末の世までかはらざること、天道の誠いたつて貴ぶべし。しづかにして是を感ずる人は、其楽深かるべし。もしよく此理を知れらん人は、即道を知れる人なるべし。
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