慎思録 / 巻之五
修身養生二者。以寡欲爲要。未有多慾而能修身者也。未有多慾而能養生者也。揚子雲以詞賦爲彫蟲篆刻壯夫不爲者。誠是也。然視其所作爲之賦。遂傷于工巧。即其所戒也。黃山谷詩曰。雕氷文章費工巧。此亦可爲是也。然視其所作之詩。何其費幾許工巧乎。亦是如所毀謗也。東坡曰。邪說之移人。雖豪傑之士。有不免者。况衆人乎。且其所作六一居士集序曰。歐陽子沒十有餘年。士始爲新學。以佛老之似。亂周孔之實。識者憂之。篤信謂。東坡論人之迷溺之非者。其明達如此。然考其平生之學術議論。浸淫于佛老也甚深矣。其所謂雖豪傑之士。有不免者。誠然。三子倶是英才。其言論與其學術。背馳如此。心口不相應者。何耶。
新字:修身養生二者。以寡欲為要。未有多慾而能修身者也。未有多慾而能養生者也。揚子雲以詞賦為彫虫篆刻壮夫不為者。誠是也。然視其所作為之賦。遂傷于工巧。即其所戒也。黄山谷詩曰。雕氷文章費工巧。此亦可為是也。然視其所作之詩。何其費幾許工巧乎。亦是如所毀謗也。東坡曰。邪説之移人。雖豪傑之士。有不免者。況衆人乎。且其所作六一居士集序曰。欧陽子没十有余年。士始為新学。以仏老之似。乱周孔之実。識者憂之。篤信謂。東坡論人之迷溺之非者。其明達如此。然考其平生之学術議論。浸淫于仏老也甚深矣。其所謂雖豪傑之士。有不免者。誠然。三子倶是英才。其言論与其学術。背馳如此。心口不相応者。何耶。
書き下し
修身と養生との二者は、寡欲を以て要と為す。未だ多慾にして能く身を修むる者有らざるなり。未だ多慾にして能く生を養ふ者有らざるなり。揚子雲、詞賦を以て彫虫篆刻、壮夫は為さずと為す。誠に是なり。然れども其の作為する所の賦を視るに、遂に工巧に傷む。即ち其の戒むる所なり。黄山谷の詩に曰く、氷を雕る文章工巧を費す、と。此れも亦是と為すべし。然れども其の作る所の詩を視るに、何ぞ其れ幾許の工巧を費すや。亦是れ毀謗する所の如きなり。東坡曰く、邪説の人を移すや、豪傑の士と雖も、免れざる者有り。况や衆人をや、と。且つ其の作る所の六一居士集の序に曰く、欧陽子没して十有余年、士始めて新学を為し、仏老の似たるを以て、周孔の実を乱す。識者之を憂ふ、と。篤信謂ふ、東坡の人の迷溺の非を論ずる者は、其の明達此くの如し。然れども其の平生の学術議論を考ふるに、仏老に浸淫すること甚だ深し。其の所謂豪傑の士と雖も免れざる者有りとは、誠に然り。三子倶に是れ英才なり。其の言論と其の学術と、背馳すること此くの如し。心口相応ぜざる者は、何ぞや。
現代語訳
身を修めることと生を養うことの二つは、欲を少なくすることが要です。欲が多くて身を修められた者はいませんし、欲が多くて生を養えた者もいません。揚子雲は、詩賦を作ることを「虫を彫り篆書を刻むような小細工で、一人前の男子のすることではない」としました。まことにそのとおりです。しかし彼の作った賦を見ると、結局技巧に凝りすぎています。つまり自分が戒めたことをしているのです。黄山谷の詩に「氷を彫るような文章は技巧に労を費やす」とあります。これも正しいと言えます。しかし彼の作った詩を見ると、なんと多くの技巧を費やしていることでしょう。これも自分が非難したとおりのことをしているのです。蘇東坡は「邪説が人を動かすときは、豪傑の士でも免れない者がいる。まして普通の人ならなおさらだ」と言いました。また彼が作った「六一居士集序」には「欧陽子が亡くなって十年余り、士人は初めて新学を唱え、仏教や老荘の似て非なるもので周公・孔子の実を乱した。見識ある者はこれを憂えている」とあります。私篤信が思うに、東坡が人の迷いや溺れの誤りを論じるのは、このように明らかで通じています。しかし彼の平生の学術や議論を考えると、仏教や老荘に深く染まっています。彼のいう「豪傑の士でも免れない者がいる」とは、まことにそのとおりです。三人ともすぐれた才人です。その言論と学術とがこのように食い違っているのです。心と口とが一致しないのはなぜでしょうか。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』耕柱子夏の徒、子墨子に問いて曰く、「君子に鬬有りや」と。子墨子曰く、「君子に鬭無し」と。子夏の徒曰く、「狗狶すら猶お鬬有り。惡んぞ士有りて鬬無からんや」と。子墨子曰く、「傷ましいかな。言えば則ち湯・文に稱し、行えば則ち狗狶に譬う。傷ましいかな」と。
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易経・繋辞上子曰く、「君子其の室に居りて、其の言を出だすに、善なれば則ち千里の外も之に応ず。況んや其の邇(ちか)き者をや。其の室に居りて、其の言を出だすに善ならざれば、則ち千里の外も之に違(たが)う。況んや其の邇き者をや。言は身より出でて、民に加わり、行いは邇きより発して、遠きに見(あら)わる。言行は君子の枢機(すうき)なり。枢機の発するは、栄辱の主なり。言行は、君子の天地を動かす所以なり。慎まざるべけんや」と。
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