慎思録 / 巻之五
唐虞之際。君臣之言。辭簡而意盡。舜典咨十有二牧曰。食哉惟時。又命契曰。敬敷五敎在寬。又命伯夷曰。夙夜惟寅。直哉。惟淸。大禹謨曰。后克艱厥后。臣克艱厥臣。又曰。惠廸吉。從逆凶。惟影響。又曰。德惟善政。政在養民。舜禹授受十六字。其言最簡約。而其理最該博。此爲心學之淵源。皐陶曰。都在知人。在安民。此等之言。皆是簡要可尙。可爲天下之至言。萬世之則。可謂要言不煩也。所以爲聖賢之言也。
新字:唐虞之際。君臣之言。辞簡而意尽。舜典咨十有二牧曰。食哉惟時。又命契曰。敬敷五教在寛。又命伯夷曰。夙夜惟寅。直哉。惟清。大禹謨曰。后克艱厥后。臣克艱厥臣。又曰。恵廸吉。従逆凶。惟影響。又曰。徳惟善政。政在養民。舜禹授受十六字。其言最簡約。而其理最該博。此為心学之淵源。皐陶曰。都在知人。在安民。此等之言。皆是簡要可尚。可為天下之至言。万世之則。可謂要言不煩也。所以為聖賢之言也。
書き下し
唐虞の際、君臣の言、辞簡にして意尽く。舜典に十有二牧に咨りて曰く、食なるかな惟れ時、と。又契に命じて曰く、敬みて五教を敷くは寛に在り、と。又伯夷に命じて曰く、夙夜惟れ寅め、直なるかな惟れ清し、と。大禹謨に曰く、后克く厥の后たるを艱しとし、臣克く厥の臣たるを艱しとす、と。又曰く、迪に恵へば吉、逆に従へば凶。惟れ影響のごとし、と。又曰く、徳は惟れ善政、政は民を養ふに在り、と。舜禹授受の十六字、其の言最も簡約にして、其の理最も該博なり。此れ心学の淵源たり。皐陶曰く、都、人を知るに在り、民を安んずるに在り、と。此等の言、皆是れ簡要にして尚ぶべし。天下の至言、万世の則と為すべし。要言煩はしからずと謂ふべし。聖賢の言たる所以なり。
現代語訳
堯・舜の時代の君臣の言葉は、言葉が簡潔で意味が尽くされています。「舜典」では十二州の長に諮って「食こそが大事、時を失わぬように」と言いました。また契に命じて「つつしんで五つの教えを広めるには寛大さが要る」と言いました。また伯夷に命じて「朝夕つつしめ。まっすぐであれば清らかである」と言いました。「大禹謨」には「君主が君主であることの難しさを知り、臣下が臣下であることの難しさを知る」とあります。また「道に従えば吉、逆らえば凶。それは影や響きのようにすぐ応じる」とあります。また「徳とは善い政治であり、政治は民を養うことにある」とあります。舜と禹が授け受けた十六字は、その言葉が最も簡潔で、その理は最も広く備わっています。これが心学の源です。皐陶は「ああ、人を知ることにあり、民を安んじることにある」と言いました。これらの言葉はみな簡潔で要を得ていて尊ぶべきものです。天下の至言、万世の手本とすべきです。要点を突いた言葉は煩わしくないと言えます。聖賢の言葉であるゆえんです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之二政を為すの道は、教養の二者、闕くべからず。二者は養を先と為し、教之に次ぐ。是れ先づ養ひて而る後に教ふるなり。舜は先づ后稷をして民に稼穡を教へしめ、五穀熟して民人育す。而る後に契をして司徒と為し、教ふるに人倫を以てせしむ。此れ養ひて而る後に教ふるなり。既に之を養ひ又之を教へて、民従はず。所以に刑有りて其の罪を正し、民をして教へに従はしむるなり。是を以て舜又皐陶に命じ、士と為りて五刑を司らしむ。其の序の紊るべからざること此くの如し。夫れ後世の政にも、亦た刑法有り。既に刑法有れば、則ち復た先づ教へ無かるべからず。孔子曰く、教へずして殺す、之を虐と謂ふ、と。此れ以て聖人の政は、養を先にし中ごろ教へ刑を後にす。蓋し既に養ひ且つ教へて、苟も従はざる者有らば、已むを得ずして刑を用ゐるのみ。
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『慎思録』巻之五天地の間、人を殺すこと最も多き者、四件有り。刑・兵・歳・病なり。刑罰を省き曲直を明らかにすれば、則ち寃死無し。乱源を禁遏すれば、則ち兵死無し。歳の凶なるに方りて、窮民を周恤すれば、則ち餓死無し。医を択びて病を済へば、則ち枉死無し。政に従ふ者、知らざるべからず。
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論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
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論語・為政篇或るひと孔子に謂いて曰く、「子奚ぞ政を為さざる。」子曰く、「書に云う、『孝なるかな惟れ孝、兄弟に友なり。』有政に施すと。是れも亦た政を為すなり。奚ぞ其れ政を為すことのみを為さんや。」
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『学問のすゝめ』初編・愚民の上に苛き政府ありかかる愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えて、なお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
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『慎思録』巻之六君たり吏たる者、卑賤の人に対して、厳威過ぎて高ければ、則ち勢分相隔絶して、下に在る者、其の情を尽くすことを得ずして、下情達せず、其の利害を詳らかにすること能はず。苟も温顔にして言を受くれば、則ち下情通ず。大率政を為すの道は、下情を通ずるを以て善と為す。