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慎思録 / 巻之五

天地之間。無非道。鳶之飛。魚之躍者。乃天機之所發動。道之費也。此可見矣。使鳶飛。使魚躍者。鬼神之所爲。是二氣之良能。道之隱也。此不可見矣。合而言之。則二氣之所流行。皆是天理之所在。無非道。

新字:天地之間。無非道。鳶之飛。魚之躍者。乃天機之所発動。道之費也。此可見矣。使鳶飛。使魚躍者。鬼神之所為。是二気之良能。道之隠也。此不可見矣。合而言之。則二気之所流行。皆是天理之所在。無非道。

書き下し

天地の間、道に非ざる無し。鳶の飛び、魚の躍る者は、乃ち天機の発動する所、道の費なり。此れ見るべし。鳶をして飛ばしめ、魚をして躍らしむる者は、鬼神の為す所、是れ二気の良能、道の隠なり。此れ見るべからず。合せて之を言へば、則ち二気の流行する所、皆是れ天理の在る所にして、道に非ざる無し。

現代語訳

天地の間に、道でないものはありません。鳶が空を飛び、魚が淵に躍るのは、天の働きが現れ出たもので、道の「費」すなわち広く現れた姿です。これは目に見えます。鳶を飛ばせ、魚を躍らせているものは鬼神の働きで、陰陽二気の自然な力であり、道の「隠」すなわち隠れた姿です。これは目に見えません。合わせて言えば、二気が流れ行くところはすべて天の理のあるところで、道でないものはないのです。

解説

「鳶飛び魚躍る」は『詩経』大雅・旱麓の句で、『中庸』第十二章が「君子の道は費にして隠」と説く中で引いています。朱子は費を道の働きの広がり、隠をその根拠の見えない理と解しました。鬼神を陰陽二気の良能とするのは張載の言葉で、朱子学の基本的な理解です。益軒は、目に見える自然の営みも見えない働きも、ともに道の現れだと説きます。日常の何気ない光景にも理が通っていると見る目を持てば、ありふれた仕事や暮らしの中にも学ぶべきものが満ちていると気づかせてくれます。

この章句が説くこと

鬼神中庸

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