慎思録 / 巻之四
朱子曰。先讀史記。次看左傳。次看通鑑。有餘力則看全史。愚謂。讀史之序。當如此。讀左傳者。國語戰國策亦可兼讀。朱子之稱通鑑者。是温公通鑑也。此書比之綱目。其記事也。本末詳備。學者有餘暇。則須兼讀之。然爲其書甚廣博。學者所以倦于周覽也。
新字:朱子曰。先読史記。次看左伝。次看通鑑。有余力則看全史。愚謂。読史之序。当如此。読左伝者。国語戦国策亦可兼読。朱子之称通鑑者。是温公通鑑也。此書比之綱目。其記事也。本末詳備。学者有余暇。則須兼読之。然為其書甚広博。学者所以倦于周覧也。
書き下し
朱子曰く、先づ史記を読み、次に左伝を看、次に通鑑を看る。余力有らば則ち全史を看よ、と。愚謂へらく、史を読むの序は、当に此の如くなるべし。左伝を読む者は、国語戦国策も亦た兼ね読むべし。朱子の通鑑と称する者は、是れ温公の通鑑なり。此の書は之を綱目に比ぶれば、其の事を記すや、本末詳備なり。学者余暇有らば、則ち須らく兼ねて之を読むべし。然れども其の書甚だ広博なるが為に、学者の周覧に倦む所以なり。
現代語訳
朱子は「まず『史記』を読み、次に『左伝』を読み、次に『通鑑』を読む。余力があれば全ての正史を読め」と言いました。私が思うに、歴史を読む順序はこのようであるべきです。『左伝』を読む者は、『国語』や『戦国策』もあわせて読むとよいでしょう。朱子が『通鑑』と言っているのは、司馬光の『資治通鑑』のことです。この書は『綱目』と比べると、事柄の記し方が始めから終わりまで詳しく備わっています。学ぶ者に余暇があれば、あわせて読むべきです。しかしその書はたいへん広く大きいので、学ぶ者が全部を読み通すのに倦んでしまうのです。
解説
朱子の語を引いて、史書を読む順序を『史記』『左伝』『資治通鑑』、余力があれば歴代の正史と示した条です。益軒は『左伝』と並べて『国語』『戦国策』も読むよう勧め、『資治通鑑』は『綱目』より記事が詳しいが、分量が膨大で読み通しにくいと実際的な注意も添えています。何から読めばよいかという順序を示すことは、学ぶ者にとって大きな助けです。大きな分野を学ぶとき、定評ある基本書から入り、関連書で補い、余力があれば全体へ広げるという段取りは、どの分野にも応用できます。
この章句が説くこと
歴史読書史記通鑑順序
関連する章句
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『慎思録』巻之四史書は朱子の綱目を以て要と為す。其の書為るや、古今を貫綜し、義理を扶植す。其の義を立つるや、褒貶予奪を以て、其の是非得失を正すこと、規矩準縄の如し。以て倫理綱常を明らかにすべし。其の事を載するや、簡要にして冗雑ならず。以て古昔天下の事に通じ、其の治乱盛衰の道を知るべし。蓋し世に垂れ教へを立つるの大典と為すべく、啻に歴史の比のみに非ざるなり。天地の間、此の書無かるべからざるなり。学者経を読むの余暇に、須らく終身循環して之を読みて廃せざるべし。
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『慎思録』巻之六歴史通鑑を通読すれば、則ち天下の広き、千古の久しき、瞭然として尽く胸中に在り。其の往迹を考へて、以て将来の亀鑑と為すべく、以て聖経を補翼して、義理の趣を広むべし。且つ千古を泛覧するも、亦以て人生の喜楽と為すべし。
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『慎思録』巻之四凡そ読書の法は、経を本と為し、史之に次ぎ、子集又其の次なり。其の功を用ふるの軽重本末次序は、須らく此の如くすべし。諸史子集を読むにも、亦た各須らく一書に専らにすべし。或いは二書を兼ね読むも亦た可なり。然れども一時に誦読する所の書多くして専一ならざれば、則ち紛冗にして条理を成さず。功力分かれて、精熟を做し難し。凡そ諸史子集は、其の精要なる者を抄出して冊子と為し、須らく日夜熟読して記誦を成すべし。此の如くすれば則ち功を用ふること少なくして、効多し。凡そ書を看るに、其の要用有る者は、須らく誦を成すべし。誦を成さざれば用を済し難し。
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『慎思録』巻之五胡文定、春秋を称して曰く、経世の典、乱を撥めて正に反すの書、百王不易の大法なり、と。愚窃かに謂ふ、朱子の綱目の一書も、其の功亦恐らくは之に次ぐべし。学者の当に玩覧して終身廃すべからざる所なり。
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『慎思録』巻之一六経語孟を読むには、宋儒の本註を以て先と為すは、固より善し。然れども古註疏も亦廃すべからず。朱子曰く、漢魏の諸儒は、音読を正し、訓詁に通じ、制度を考へ、名物を弁ず。其の功博し。学者苟も先づ其の流れを渉らざれば、則ち亦何を以てか其の力を此に用ひんと。朱子は四書詩易に於て、既に伝註を作れども、其の言此くの如し。然らば則ち古注疏も亦考へざるべからず。夫れ朱子の伝註を作るや、義理精当にして、固より古注疏を待たず。然れども訓詁文義名物制度の如きは、古註疏に譲りて、詳解せざる者も、亦多し。今人の経を読むや、古註疏を考索せずして、却りて汲汲として明儒の諸説を見ることを貪る。是れ本初を舎てて、末流に趨くなり。蓋し漢唐諸儒の註疏を看れば、則ち文義の故実を得て、考証と為すべき者多し。廃すべからず。
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『慎思録』巻之二古史の体に二つ有り。書と春秋とに本づくのみ。此の二書は経にして史なる者なり。書は則ち各々其の人の言行を記し、或いは一事の本末を記す。後世の史記以下の諸史は此に本づくなり。春秋は則ち編年して以て通じて其の事を記す。後世の通鑑及び綱目は此に本づくなり。源流至論に曰く、一時の事を論ずるは、紀伝は編年に如かず。一人の始終を論ずるは、編年は紀伝に如かず、と。亦た此の謂ひなり。