慎思録 / 巻之四
知有大小。有偏正。智之大而正者。雖於小技曲藝無所長。然明于義理之大體。可謂君子之知也。智之小而偏者。長乎曲藝。通於衆技。於凡雜細之事。甚敏捷。然其心唯明小事。而暗大體。可謂小人之才也。君子之智也。廣而不倚。譬如登高山望四方。所見廣遠。其規模之大也。小人之智也。狹而偏。譬如以管窺天。雖能通于一偏。其爲量也小矣。
新字:知有大小。有偏正。智之大而正者。雖於小技曲芸無所長。然明于義理之大体。可謂君子之知也。智之小而偏者。長乎曲芸。通於衆技。於凡雑細之事。甚敏捷。然其心唯明小事。而暗大体。可謂小人之才也。君子之智也。広而不倚。譬如登高山望四方。所見広遠。其規模之大也。小人之智也。狭而偏。譬如以管窺天。雖能通于一偏。其為量也小矣。
書き下し
知に大小有り、偏正有り。智の大にして正しき者は、小技曲芸に於て長ずる所無しと雖も、然れども義理の大体に明らかなり。君子の知と謂ふべし。智の小にして偏なる者は、曲芸に長じ、衆技に通じ、凡そ雑細の事に於て甚だ敏捷なり。然れども其の心唯だ小事に明らかにして、大体に暗し。小人の才と謂ふべし。君子の智は、広くして倚らず。譬へば高山に登りて四方を望むが如し。見る所広遠にして、其の規模の大なるなり。小人の智は、狭くして偏なり。譬へば管を以て天を窺ふが如し。能く一偏に通ずと雖も、其の量為るや小なり。
現代語訳
知には大小があり、偏りと正しさがあります。大きく正しい知の持ち主は、小さな技や芸には長じていなくても、道義の大筋に明るいのです。これを君子の知と言うべきです。小さく偏った知の持ち主は、細かな芸に長じ、さまざまな技に通じ、雑多で細かな事にはたいへん素早いのですが、その心は小さな事に明るいだけで大筋には暗いのです。これを小人の才と言うべきです。君子の知は広くて偏りません。高い山に登って四方を眺めるようなもので、見るところが広く遠く、その規模が大きいのです。小人の知は狭くて偏っています。管を通して天をのぞくようなもので、一方には通じていても、その器量は小さいのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・問學・知る可からざるを知れば則ち鑿つ君子は其の知る可きを知り、其の知る可からざるを知らず。其の知る可きを知らざれば則ち愚なり、其の知る可からざるを知れば則ち鑿つなり。
-
『慎思録』巻之一学を為すの工夫、古人知を以て先と為す者は、蓋し知は以て開導すればなり。先づ之を知るに非ざれば、則ち力行すること能はず。先づ知るとは、当に行ふべきの端緒を知るなり。親に事ふる者の、先づ温凊定省、出づるに必ず告げ反れば必ず面するの法を知るが如き、是れなり。窮め知ること畢はりて而る後に方に之を行ふの謂に非ざるなり。既に其の端緒を知れば、則ち之を行ふこと最も急と為す。此れ乃ち知行並び進むの工夫なり。須らく此くの如くなるべし。蓋し知行の二者は、車の両輪の如く、鳥の両翼の如し。一を闕けば則ち不可なり。故に学は徒らに之を知ることを要せず、必ず力行を要す。二者以て学と為すべくして、行ふを以て重しと為す。若し之を行ふこと能はざれば、則ち徒らに之を知ると雖も、都て用無し。以て学と為すべからず。是を以て学ぶ者は、之を知るを先と為し、之を行ふを重しと為すなり。之を行ふに非ざれば、則ち真に知ること能はず。譬へば道路を行くが如し。其の道路の里程、山川の形勢、記籍有りて詳審なりと雖も、然れども躬親ら経過するに非ざれば、則ち其の真境を諳知すること能はず。故に行ひて後に知る者は、真知なり。
-
荀子・賦篇皇天(こうてん)物を隆(くだ)し、以て下民に示し施す、或いは厚く或いは薄く、常に齊均(せいきん)ならず。桀紂(けつちゅう)は以て亂れ、湯武(とうぶ)は以て賢なり。涽涽(こんこん)たり淑淑(しゅくしゅく)たり、皇皇(こうこう)たり穆穆(ぼくぼく)たり。四海に周流(しゅうりゅう)して、曾(すなわ)ち日を崇(お)えず。君子は以て脩め、跖(せき)は以て室を穿(うが)つ。大なること天に參(さん)じ、精微(せいび)にして形無く、義を行いて以て正しく、事業以て成る。以て暴(ぼう)を禁じ窮(きゅう)を足(た)らしむ可く、百姓(ひゃくせい)之を待ちて而(しか)る後に泰寧(たいねい)なり。臣愚にして識らず、願わくは其の名を問わん。曰く、此れ夫(か)の寬平(かんぺい)に安んじて險隘(けんあい)を危(あや)ぶむ者か。脩潔(しゅうけつ)を之れ親しみて、雜汙(ざつお)を之れ狄(しりぞ)くる者か。甚だ深く藏(かく)れて外は敵に勝つ者か。禹舜(うしゅん)に法(のっと)りて能く跡(あと)を弇(おお)う者か。行(こう)の動靜(どうせい)、之を待ちて而(しか)る後に適(かな)う者か。血氣の精(せい)なり、志意の榮(えい)なり、百姓之を待ちて而る後に寧(やす)く、天下之を待ちて而る後に平らかなり、明達純粹(めいたつじゅんすい)にして疵(きず)無し。夫(そ)れ是れを之れ君子の知(ち)と謂う。知なり。
-
論語・雍也篇樊遅、知を問う。子曰く、民の義を務め、鬼神を敬して之を遠ざく、知と謂う可し。仁を問う。曰く、仁者は難きを先にして獲るを後にす、仁と謂う可し。
-
論語・八佾篇或るひと禘を問う。子曰く、『知らざるなり。その説を知る者の天下に於けるや、其れ諸を斯に示すが如きか。』と掌を指す。
-
『慎思録』巻之一知らざるの人は、豈に唯義理の為すべきを知ること能はざるのみならんや。抑も利害と雖も、亦知ること能はず。是を以て仁義に背き、貪暴を行ひて止まず。家を敗り身を滅ぼすに至りて顧みず。悲しむべきかな。此れ其の危ふきを安しとして、其の菑ひを利とするなり。