導師導古典を学びたいすべての人に

文武訓 / 文訓上

是、井蛙の大海を知らざるにたとふべし。孔孟のをしへ、皆博學を以てさきとし給ふを以て、其非を知るべし。聖人の道は廣大精微なり。今の人の食物の料理本、なぞなぞの本などのやうなる事にては、其道理知りがたかるべし。一詩を作り文をよむ事をきらふは、人々の生れつきによりて、其このみきらふこと、各かはれること、たとへば、上戸下戶の、酒をこのみきらふことかはれるが如くなれば、さもあらばあれ、只學問をきらふことは、心にも忌み口にもはゞかるべし。いかんとなれば、學問とはなにごとぞや、おやに孝を行ひ、君に忠をなし、凡、人倫にまじはりて、義理を行はんがためなり。此道を、古の聖人のをしへおき給へるを、まなぶを云ふにあらずや。

新字:是、井蛙の大海を知らざるにたとふべし。孔孟のをしへ、皆博学を以てさきとし給ふを以て、其非を知るべし。聖人の道は広大精微なり。今の人の食物の料理本、なぞなぞの本などのやうなる事にては、其道理知りがたかるべし。一詩を作り文をよむ事をきらふは、人々の生れつきによりて、其このみきらふこと、各かはれること、たとへば、上戸下戸の、酒をこのみきらふことかはれるが如くなれば、さもあらばあれ、只学問をきらふことは、心にも忌み口にもはゞかるべし。いかんとなれば、学問とはなにごとぞや、おやに孝を行ひ、君に忠をなし、凡、人倫にまじはりて、義理を行はんがためなり。此道を、古の聖人のをしへおき給へるを、まなぶを云ふにあらずや。

書き下し

是、井蛙の大海を知らざるにたとふべし。孔孟のをしへ、皆博学を以てさきとし給ふを以て、其非を知るべし。聖人の道は広大精微なり。今の人の食物の料理本、なぞなぞの本などのやうなる事にては、其道理知りがたかるべし。一詩を作り文をよむ事をきらふは、人々の生れつきによりて、其このみきらふこと、各かはれること、たとへば、上戸下戸の、酒をこのみきらふことかはれるが如くなれば、さもあらばあれ、只学問をきらふことは、心にも忌み口にもはばかるべし。いかんとなれば、学問とはなにごとぞや、おやに孝を行ひ、君に忠をなし、凡、人倫にまじはりて、義理を行はんがためなり。此道を、古の聖人のをしへおき給へるを、まなぶを云ふにあらずや。

現代語訳

これは井の中の蛙が大海を知らないことにたとえるべきです。孔子や孟子の教えが、みな博学を第一とされていることから、その誤りを知るべきです。聖人の道は広大で精妙です。今の人が読む料理本やなぞなぞの本のようなもので、その道理を知ることはできないでしょう。一、詩を作り文を読むことを嫌うのは、人それぞれの生まれつきによって好き嫌いが違うことで、たとえば上戸と下戸で酒の好き嫌いが違うようなものですから、それはそれでかまいません。ただ学問を嫌うことだけは、心にも忌み、口にも出すのをはばかるべきです。なぜなら、学問とは何かといえば、親に孝を行い、君に忠を尽くし、およそ人の交わりの中で義理を行うためのものだからです。この道を、昔の聖人が教え置かれたのを学ぶことを言うのではないでしょうか。

解説

詩を作る作らないは酒の上戸下戸のような好みの問題だとしながら、学問を嫌うことだけは許されないと線を引いています。益軒にとって学問とは、孝・忠・義理という人の道を聖人に学ぶことであり、知識の飾りではないからです。「井の中の蛙」は『荘子』秋水篇の言葉です。今でいえば、趣味の好みは人それぞれでよいが、人として大切なことを学び続ける姿勢まで投げ出してはいけない、という区別であり、学び直しの意味を考える手がかりになります。

この章句が説くこと

学問孝忠義理読書

関連する章句

古典の入門書『人生の教科書』の表紙

人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。

古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。

本の中身を見る
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)+師導1か月=700円 本を見る