慎思録 / 巻之四
人之才性。有明大體。而暗細事者。所謂不可小知。而可大受也。大學所謂斷斷無他技也。是誠可貴也。又有明于細事。而暗于大體者。所謂不可大受。而可小知也。雖多材多藝。所不足貴也。如漢元帝宋徽宗多材藝而暗治道。是也。今有耽材藝。而害心術者矣。是得小而失大也。
新字:人之才性。有明大体。而暗細事者。所謂不可小知。而可大受也。大学所謂断断無他技也。是誠可貴也。又有明于細事。而暗于大体者。所謂不可大受。而可小知也。雖多材多芸。所不足貴也。如漢元帝宋徽宗多材芸而暗治道。是也。今有耽材芸。而害心術者矣。是得小而失大也。
書き下し
人の才性、大体に明らかにして細事に暗き者有り。所謂小知すべからずして大受すべきなり。大学に所謂断断として他技無き、是れなり。是れ誠に貴ぶべし。又細事に明らかにして大体に暗き者有り。所謂大受すべからずして小知すべきなり。多材多芸なりと雖も、貴ぶに足らざる所なり。漢の元帝、宋の徽宗の多材芸にして治道に暗きが如き、是れなり。今材芸に耽りて心術を害する者有り。是れ小を得て大を失ふなり。
現代語訳
人の才能や性質には、大局には明るいが細かいことには暗い人がいます。いわゆる「小さな仕事で見定めることはできないが、大きな任務を任せることができる」人です。『大学』に言う「ひたすら誠実で他に技芸はない」というのがこれで、まことに貴ぶべきです。また細かいことには明るいが大局には暗い人もいます。いわゆる「大きな任務は任せられないが、小さな仕事で見定めることはできる」人です。多才多芸であっても、貴ぶには足りません。漢の元帝や宋の徽宗が、多才で芸に通じながら政治の道に暗かったのがこれです。今も芸事にふけって心のあり方を損なう者がいます。これは小を得て大を失うことです。
解説
人材の見方を論じた条です。『論語』衛霊公篇の「君子は小知すべからずして大受すべし、小人は大受すべからずして小知すべし」と、『大学』伝十章の「断断として他技無し」を引き、大局を見る力こそ貴いと説きます。儒学や音楽に通じながら政治を誤った漢の元帝、書画の名手でありながら国を傾けた宋の徽宗は、多芸でも治道に暗い例の典型です。スキルの多さより全体を見通す判断力と誠実さを重んじる視点は、人を登用するときにも自分の能力を伸ばすときにも示唆を与えます。
この章句が説くこと
才知大体人材心術
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