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慎思録 / 巻之三

在朝廷公所。曁於衆會廣坐之中。則雖衆人。不能爲放恣。唯在閨門之中。恐自欺欺人之行多。若內行不愼。唯於外邊而謹厚焉者。皆爲虛飾。故君子之道。愼內行爲先。中庸曰。君子之所不可及者。其唯人之所不見乎。

新字:在朝廷公所。曁於衆会広坐之中。則雖衆人。不能為放恣。唯在閨門之中。恐自欺欺人之行多。若内行不慎。唯於外辺而謹厚焉者。皆為虚飾。故君子之道。慎内行為先。中庸曰。君子之所不可及者。其唯人之所不見乎。

書き下し

朝廷公所に在り、衆会広坐の中に曁びては、則ち衆人と雖も、放恣を為す能はず。唯閨門の中に在りては、恐らくは自ら欺き人を欺くの行多からん。若し内行慎まずして、唯外辺に於て謹厚なる者は、皆虚飾と為す。故に君子の道は、内行を慎むを先と為す。中庸に曰く、君子の及ぶべからざる所の者は、其れ唯人の見ざる所か、と。

現代語訳

朝廷や公の場、また大勢の集まりの席では、普通の人でも勝手気ままにはできません。ただ家の奥にいる時には、おそらく自分を欺き人を欺く行いが多いでしょう。もし家の中での行いを慎まず、外でだけ慎み深くしているなら、それはすべて見せかけです。だから君子の道は、内での行いを慎むことを第一とします。『中庸』に「君子の及びがたいところは、人の見ていないところであろうか」とあります。

解説

人目のある所では誰でも慎むが、家の中でこそ人の本当の姿が出るとして、内行を慎むことを第一とした一条です。結びは『中庸』第三十三章の「君子の及ぶべからざる所の者は、其れ唯人の見ざる所か」で、慎独の思想を表します。前出の「閨門と公庭で心が変わらない者が真の君子」という条と対をなしています。外での評判や見せ方に気を配るほど、誰も見ていない場での振る舞いが問われます。家族への態度や一人の時間の過ごし方こそ、その人の品格を映すという教えです。

この章句が説くこと

慎独内行虚飾中庸

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