慎思録 / 巻之三
有舊惡於我者。其爲害也小矣。須宥恕而毋深治。有戕賊於民者。其爲害也大矣。須深治。而毋赦宥。人可有才。而不可負才。負才者。無事生事。穿鑿用智。以是夸己侮人。其害德甚矣。大凡人之用才。須如用財然。用財之道。方其有事時。苟不得巳。則須發出而用之。不可吝嗇。方其無事時。則須閉藏而不用。不可發出于外。苟發露于外。而妄費耗。則有傷財招盜之患。故易曰。節以制度。不傷財不害民。又曰。慢藏誨盜。用才者。苟發露于外。而炫燿。則有累事夸己之患。是不能用才。而爲才所使也。因負才也。
新字:有旧悪於我者。其為害也小矣。須宥恕而毋深治。有戕賊於民者。其為害也大矣。須深治。而毋赦宥。人可有才。而不可負才。負才者。無事生事。穿鑿用智。以是夸己侮人。其害徳甚矣。大凡人之用才。須如用財然。用財之道。方其有事時。苟不得巳。則須発出而用之。不可吝嗇。方其無事時。則須閉蔵而不用。不可発出于外。苟発露于外。而妄費耗。則有傷財招盗之患。故易曰。節以制度。不傷財不害民。又曰。慢蔵誨盗。用才者。苟発露于外。而炫燿。則有累事夸己之患。是不能用才。而為才所使也。因負才也。
書き下し
我に旧悪有る者は、其の害を為すや小なり。須らく宥恕して深く治むること母かるべし。民を状賊する者有らば、其の害を為すや大なり。須らく深く治めて、赦宥すること母かるべし。人は才有るべくして、才を負むべからず。才を負む者は、事無きに事を生じ、穿鑿して智を用ひ、是を以て己に夸り人を侮る。其の徳を害すること甚し。大凡人の才を用ふるは、須らく財を用ふるが如く然るべし。財を用ふるの道は、其の事有る時に方りては、苟も已むを得ずんば、則ち須らく発出して之を用ふべく、吝嗇すべからず。其の事無き時に方りては、則ち須らく閉蔵して用ひざるべく、外に発出すべからず。苟も外に発露して、妄りに費耗せば、則ち財を傷り盗を招くの患有り。故に易に曰く、節して以て度を制すれば、財を傷らず民を害せず、と。又曰く、慢蔵は盗を誨ふ、と。才を用ふる者も、苟も外に発露して、炫燿せば、則ち事を累はし己に夸るの患有り。是れ才を用ふる能はずして、才の使ふ所と為るなり。才を負むに因るなり。
現代語訳
自分に昔悪いことをした者は、その害は小さいものです。許して深く追及しないのがよいのです。民を損ない害する者があれば、その害は大きいものです。深く取り締まって許してはなりません。人は才能があるのはよいが、才能を鼻にかけてはなりません。才能を鼻にかける者は、何もない所に事を起こし、こじつけて知恵を使い、それで自分を誇り人を侮ります。徳を損なうことはなはだしいものです。およそ人が才能を用いるのは、財を用いるようにすべきです。財を用いる道は、事がある時には、やむを得なければ出して用い、けちけちしてはなりません。事がない時にはしまっておいて用いず、外に出してはなりません。もし外に出してむやみに浪費すれば、財を損ない盗みを招く心配があります。だから『易』に「節度をもって制度を定めれば、財を損なわず民を害さない」とあり、また「しまい方がだらしないのは盗みを教えるようなものだ」とあります。才能を用いる者も、外に現してひけらかせば、事をわずらわせ自分を誇る心配があります。これは才能を用いるのではなく、才能に使われているのです。才能を鼻にかけるからです。
解説
この章句が説くこと
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