酔古堂剣掃 / 集醒・儉も過ぐれば慳吝と為る
儉,美德也,過則為慳吝,為鄙嗇,反傷雅道;讓,懿行也,過則為足恭,為曲謹,多出機心。
新字:倹,美徳也,過則為慳吝,為鄙嗇,反傷雅道;譲,懿行也,過則為足恭,為曲謹,多出機心。
書き下し
儉は美德なり、過ぐれば則ち慳吝と為り、鄙嗇と為り、反つて雅道を傷る。讓は懿行なり、過ぐれば則ち足恭と為り、曲謹と為り、多く機心より出づ。
現代語訳
倹約は美徳です。しかし度を越せばけちになり、さもしい吝嗇になって、かえって風雅な道を損ないます。謙譲は立派な行いです。しかし度を越せば卑屈なほどの恭しさになり、こせこせした慎みになって、多くは計算ずくの心から出たものになります。
解説
美徳も行き過ぎれば悪徳に変わると説いた対句です。菜根譚にもほぼ同じ句があります。倹約が過ぎると、慳吝や鄙嗇、つまりけちでさもしい態度になり、人付き合いの品位を損ないます。謙譲が過ぎると、足恭や曲謹、つまり度を越した恭しさや小さな慎みになります。足恭は『論語』で孔子が恥ずべきものとして挙げた言葉です。そうした過剰な謙遜には、しばしば相手に取り入ろうとする機心、打算が潜んでいます。節約も謙遜も、ほどよさを失うと本来の目的から外れてしまいます。出すべきところで出し、言うべきことは言うという釣り合いの感覚こそ、美徳を美徳のまま保つ鍵なのでしょう。
この章句が説くこと
中庸倹約謙虚修身節度
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