慎思録 / 巻之三
二程子之母侯夫人曰。子之所以不肖者。母蔽其過。而父不知也。此言信哉。凡人子之賢不肖。母之養成者多矣。大凡世間萬事。須思其本初而不忘。居宮室。則思穴居野處之時。衣布帛。則思未有麻絲時。食穀肉。則思食木實之時。喫烹調。則思不火食時。居安樂。則思病苦之時。居富貴。則思貧賤之時。食嘉穀。則思稼穡之艱難。煖衣。則思織紝之功勞。如此則其欲易足。其樂易生。而驕奢淫逸之心自消矣。
新字:二程子之母侯夫人曰。子之所以不肖者。母蔽其過。而父不知也。此言信哉。凡人子之賢不肖。母之養成者多矣。大凡世間万事。須思其本初而不忘。居宮室。則思穴居野処之時。衣布帛。則思未有麻糸時。食穀肉。則思食木実之時。喫烹調。則思不火食時。居安楽。則思病苦之時。居富貴。則思貧賤之時。食嘉穀。則思稼穡之艱難。煖衣。則思織紝之功労。如此則其欲易足。其楽易生。而驕奢淫逸之心自消矣。
書き下し
二程子の母侯夫人曰く、子の不肖なる所以の者は、母其の過を蔽ひて、父知らざればなり、と。此の言信なるかな。凡そ人の子の賢不肖は、母の養成する者多し。大凡世間の万事は、須らく其の本初を思ひて忘れざるべし。宮室に居れば、則ち穴居野処の時を思ひ、布帛を衣れば、則ち未だ麻糸有らざる時を思ひ、穀肉を食へば、則ち木実を食ひし時を思ひ、烹調を喫すれば、則ち火食せざる時を思ひ、安楽に居れば、則ち病苦の時を思ひ、富貴に居れば、則ち貧賤の時を思ひ、嘉穀を食へば、則ち稼穡の艱難を思ひ、煖衣すれば、則ち織紝の功労を思ふ。此の如くなれば、則ち其の欲足り易く、其の楽生じ易くして、驕奢淫逸の心自ら消ゆ。
現代語訳
程明道・程伊川の母である侯夫人は「子が不肖になるのは、母がその過ちを覆い隠し、父がそれを知らないからだ」と言いました。この言葉はまことです。子が賢くなるか不肖になるかは、母の育て方によることが多いのです。およそ世の中のすべての事は、その始まりを思って忘れないことです。家に住めば穴や野に住んだ時を思い、布の衣を着れば麻や糸がなかった時を思い、穀物や肉を食べれば木の実を食べた時を思い、料理を食べれば火を使わなかった時を思い、安楽にしていれば病苦の時を思い、富貴にあれば貧賤の時を思い、よい米を食べれば農作業の苦労を思い、暖かい衣を着れば機織りの苦労を思うのです。そうすれば欲は満たされやすく、楽しみは生まれやすく、驕りやぜいたくの心は自然に消えます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之三人の父兄為る者は、子弟の嗜好する所を択びて、早く其の淫僻を誡むべし。姑息にして其の好む所を縦にすべからず。是れ乃ち閑して家を有ち、悔亡ぶの道なり。蓋し志淫なる者は、必ず僻を好む。苟も陥溺すること久しければ、則ち之を戒むること切なりと雖も、扞格して入り難し。早く戒めざるべからず。
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『慎思録』巻之五衆人は富に居れば多く貧を忘る。須らく節倹して奢侈すること勿かるべし。貴に居れば多く故旧を忘る。当に存恤して疎んぜざるべし。歳長ずれば多く父母を忘る。宜しく終身思慕すべし。病愈ゆれば多く慎みを忘る。須らく安楽にして常に病苦の時を思ふべし。凡そ自ら修むる者は、当に初めを忘るるを以て戒めと為すべし。
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『慎思録』巻之三世俗の子に於けるや、往往溺愛して昏迷し、其の悪を知る無し。常に其の子の過悪を遮掩して、之を護ること厚し。是を以て驕惰の性を養成して悟らず。且つ無頼の小人と親暱すと雖も禁ぜず。故に其の性日に以て鑿たる。放僻邪侈、為さざる無きのみ。之を愛すと曰ふと雖も、其の実は之を害す。遂に罪悪に陥りて、其の身を保つ能はざるに臻る。哀しいかな。
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『慎思録』巻之一子弟家に居ては、則ち父母に順ひ、兄弟に宜しく、親戚に敦くす。外に在りては、則ち汎く衆を愛して、仁に親しむ。凡そ人倫に接するに、心を平らかにし気を和らげ、慈愛恭敬、忿を懲らし慾を窒ぎ、自ら反みて己を責め、忍ぶこと有り容るること有り、而して居常善を為すを以て楽しみと為す。此れ学者初学より終身に至るまで、日用当務の工夫、一生の事業為り。先づ須らく此に於て基本を立つべし。
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『慎思録』巻之六子弟の輩、不肖にして不孝不弟なりと雖も、其の頑を忿疾すること勿れ。須らく従容として時に之を教諭すべし。迫切に譴責すべからず。此くの如くなれば則ち父子兄弟、其の恩を傷らず。泮水の詩に曰く、載ち色載ち笑ひ、怒るに匪ず伊れ教ふと。言ふこころは顔色を和らげて笑談を為し、怒責せずして、従容として之を教誨するなり。是れ中は不中を養ひ、才は不才を養ふの道なり。且つ自ら譴責せずして、他人をして教戒せしむべし。此れ古者子を易へて之を教ふるの意なり。然り而して子弟其の教に順従せずんば、則ち巨ぞ之を奈何せん。宜しく容忍すべく、忿怒すべからず。彼其の性素より不肖なるに、我之を譴責すること甚だしければ、則ち却つて益々払戻す。是れ父子相夷ふの道なり。古諺に曰く、不孝は父母を恨み、欠債は財主を怨むと。是れ小人の常情なり。堯舜の聖にして貴きこと天子為りと雖も、不肖の子有りて、奈何ともすべからず。是れ亦天命此くの如きのみ。况や常人をや。憤怒憂苦を做すべからざるなり。天命に安んじて可なり。
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『慎思録』巻之三世に処するは、寧ろ拙に傷るるも、巧に傷るること莫かれ。礼を為すは、寧ろ倹に傷るるも、奢に傷るること莫かれ。学を為すは、寧ろ隘に傷るるも、雑に傷るること莫かれ。世儒は摂養保生の者を以て、術者の生を貪るの事と為し、只冬裘夏葛飢食渇飲を以て、養生の道は此に止まると為す。然り而して死生も亦大なり。吾が身の天地父母に禀くる所の者は、保重せざるべからず。然らば則ち保養守身の術も、亦学ばざるべからず。何ぞ術者の事と為して之を廃すべけんや。大凡人事には皆術有り。独り養生のみ、豈に術無かるべけんや。