慎思録 / 巻之二
因官食祿。無其官。則無其祿。是萬世無弊之良法。周世世祿而不世官。是固忠厚之道。然世變不常。雖宜于古。不宜于今者。亦有之。今世事務日繁官員日多。而祿不可盡給。父有才能。而升其官。食其祿。是一時之宜。子之才不能負荷其祿。則不在其位。然有素餐之費。是理之所不可得。而得之者。幸而已。如世祿之法。是可行于暫。而不可久。後世苟世祿之法盛行則公廩空虛。何以可得擧賢能。而養之耶。唐虞之世。失官不食。可以爲良法。王制亦曰。諸侯之大夫。不世爵祿。然如勳功之臣。有預草創之業者。雖百世世其祿。惟可也。
新字:因官食禄。無其官。則無其禄。是万世無弊之良法。周世世禄而不世官。是固忠厚之道。然世変不常。雖宜于古。不宜于今者。亦有之。今世事務日繁官員日多。而禄不可尽給。父有才能。而升其官。食其禄。是一時之宜。子之才不能負荷其禄。則不在其位。然有素餐之費。是理之所不可得。而得之者。幸而已。如世禄之法。是可行于暫。而不可久。後世苟世禄之法盛行則公廩空虚。何以可得挙賢能。而養之耶。唐虞之世。失官不食。可以為良法。王制亦曰。諸侯之大夫。不世爵禄。然如勲功之臣。有預草創之業者。雖百世世其禄。惟可也。
書き下し
官に因りて禄を食み、其の官無ければ、則ち其の禄無し。是れ万世弊無きの良法なり。周の世は禄を世にして官を世にせず。是れ固より忠厚の道なり。然れども世変常ならず。古に宜しくして、今に宜しからざる者も、亦た之有り。今の世は事務日に繁く官員日に多くして、禄は尽くは給すべからず。父才能有りて、其の官に升り、其の禄を食むは、是れ一時の宜なり。子の才其の禄を負荷すること能はざれば、則ち其の位に在らず。然れども素餐の費有り。是れ理の得べからざる所にして、之を得る者は、幸ひなるのみ。世禄の法の如きは、是れ暫くに行ふべくして、久しくすべからず。後世苟も世禄の法盛んに行はるれば、則ち公廩空虚す。何を以て賢能を挙げて、之を養ふことを得べけんや。唐虞の世は、官を失へば食まず。以て良法と為すべし。王制にも亦た曰く、諸侯の大夫は、爵禄を世にせず、と。然れども勲功の臣の、草創の業に預かる者有るが如きは、百世其の禄を世にすと雖も、惟れ可なり。
現代語訳
官職によって俸禄を受け、その官職がなければ俸禄もない。これは永遠に弊害のない良い法です。周の時代は俸禄を世襲にして、官職は世襲にしませんでした。これはもとより手厚い道です。しかし世の変化は一定ではなく、昔にはよくても今にはよくないものもあります。今の世は事務が日に日に多くなり、役人も日に日に増えて、俸禄をすべて与えることはできません。父に才能があって官職に上り、その俸禄を受けるのは、その時にかなったことです。子の才能がその俸禄を担えなければ、その地位にはいません。それなのに何もせずに禄を食む費用がかかります。これは道理として得られないはずのもので、それを得ている者は幸運なだけです。世禄の法のようなものは、しばらく行うのはよいが、長く続けてはなりません。後世もし世禄の法が盛んに行われれば、公の蔵は空になります。どうして賢く有能な者を挙げて、養うことができましょうか。堯舜の世は、官職を失えば禄を受けませんでした。良い法とすべきです。『礼記』王制篇にも「諸侯の大夫は、爵禄を世襲しない」とあります。ただし、国を興す事業に加わった勲功の臣は、百代にわたってその禄を世襲しても、それはよいのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『慎思録』巻之二政を為すの道は、教養の二者、闕くべからず。二者は養を先と為し、教之に次ぐ。是れ先づ養ひて而る後に教ふるなり。舜は先づ后稷をして民に稼穡を教へしめ、五穀熟して民人育す。而る後に契をして司徒と為し、教ふるに人倫を以てせしむ。此れ養ひて而る後に教ふるなり。既に之を養ひ又之を教へて、民従はず。所以に刑有りて其の罪を正し、民をして教へに従はしむるなり。是を以て舜又皐陶に命じ、士と為りて五刑を司らしむ。其の序の紊るべからざること此くの如し。夫れ後世の政にも、亦た刑法有り。既に刑法有れば、則ち復た先づ教へ無かるべからず。孔子曰く、教へずして殺す、之を虐と謂ふ、と。此れ以て聖人の政は、養を先にし中ごろ教へ刑を後にす。蓋し既に養ひ且つ教へて、苟も従はざる者有らば、已むを得ずして刑を用ゐるのみ。
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『慎思録』巻之五天地の間、人を殺すこと最も多き者、四件有り。刑・兵・歳・病なり。刑罰を省き曲直を明らかにすれば、則ち寃死無し。乱源を禁遏すれば、則ち兵死無し。歳の凶なるに方りて、窮民を周恤すれば、則ち餓死無し。医を択びて病を済へば、則ち枉死無し。政に従ふ者、知らざるべからず。
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論語・顔淵篇季康子、政を孔子に問う。孔子対えて曰く、「政とは、正なり。子帥いるに正を以てせば、孰か敢えて正しからざらん。」
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論語・為政篇或るひと孔子に謂いて曰く、「子奚ぞ政を為さざる。」子曰く、「書に云う、『孝なるかな惟れ孝、兄弟に友なり。』有政に施すと。是れも亦た政を為すなり。奚ぞ其れ政を為すことのみを為さんや。」
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『学問のすゝめ』初編・愚民の上に苛き政府ありかかる愚民を支配するには、とても道理をもって諭すべき方便なければ、ただ威をもって畏すのみ。西洋の諺に「愚民の上に苛き政府あり」とはこのことなり。こは政府の苛きにあらず、愚民のみずから招く災なり。愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえに今わが日本国においても、この人民ありてこの政治あるなり。仮りに人民の徳義今日よりも衰えて、なお無学文盲に沈むことあらば、政府の法も今一段厳重になるべく、もしまた、人民みな学問に志して、物事の理を知り、文明の風に赴くことあらば、政府の法もなおまた寛仁大度の場合に及ぶべし。法の苛きと寛やかなるとは、ただ人民の徳不徳によりておのずから加減あるのみ。人誰か苛政を好みて良政を悪む者あらん、誰か本国の富強を祈らざる者あらん、誰か外国の侮りを甘んずる者あらん、これすなわち人たる者の常の情なり。
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『慎思録』巻之六君たり吏たる者、卑賤の人に対して、厳威過ぎて高ければ、則ち勢分相隔絶して、下に在る者、其の情を尽くすことを得ずして、下情達せず、其の利害を詳らかにすること能はず。苟も温顔にして言を受くれば、則ち下情通ず。大率政を為すの道は、下情を通ずるを以て善と為す。