慎思録 / 巻之二
朱子曰。禮者仁之著。智者義之藏。竊謂。禮者仁之顯著於外而有節文也。智者義之含藏于內而有神明也。古語曰。偏聽生姦。獨任作亂。是聽言者。所當審察而明辨也。如聽訟者。兩造具備。師聽五辭。平吾心。易吾氣。無喜怒之私。令彼盡其言。而後可折其曲直。決其是非。苟偏聽而決獄。則不過者寡矣。葢先入之言既爲主。則偏執前言。而不能信後言。是惑之深者也。聞人之毀譽亦然。可不察乎。
新字:朱子曰。礼者仁之著。智者義之蔵。窃謂。礼者仁之顕著於外而有節文也。智者義之含蔵于内而有神明也。古語曰。偏聴生姦。独任作乱。是聴言者。所当審察而明弁也。如聴訟者。両造具備。師聴五辞。平吾心。易吾気。無喜怒之私。令彼尽其言。而後可折其曲直。決其是非。苟偏聴而決獄。則不過者寡矣。葢先入之言既為主。則偏執前言。而不能信後言。是惑之深者也。聞人之毀誉亦然。可不察乎。
書き下し
朱子曰く、礼は仁の著、智は義の蔵なり、と。窃かに謂ふ、礼は仁の外に顕著にして節文有るなり。智は義の内に含蔵して神明有るなり。古語に曰く、偏り聴けば姦を生じ、独り任ずれば乱を作す、と。是れ言を聴く者の、当に審察して明弁すべき所なり。訟を聴く者の如きは、両造具備して、師五辞を聴き、吾が心を平らかにし、吾が気を易くし、喜怒の私無く、彼をして其の言を尽くさしめて、而る後に其の曲直を折り、其の是非を決すべし。苟も偏り聴きて獄を決すれば、則ち過たざる者寡し。蓋し先入の言既に主と為れば、則ち前言に偏執して、後言を信ずること能はず。是れ惑ひの深き者なり。人の毀誉を聞くも亦た然り。察せざるべけんや。
現代語訳
朱子は「礼は仁の現れ、智は義の蔵」と言いました。私が思うに、礼は仁が外に現れて節度と文飾があるものです。智は義が内に含み蔵されて霊妙なはたらきがあるものです。古語に「一方の言い分だけを聞けば悪が生じ、一人だけに任せれば乱が起こる」とあります。これは言葉を聞く者が、よく審らかに察して明らかに弁別すべきことです。訴えを聞く者であれば、双方がそろい、裁く者は五つの観点で言葉を聞き、自分の心を平らにし、気を和らげ、喜怒の私情なく、相手にその言い分を言い尽くさせて、その後に曲直を判断し、是非を決めるべきです。もし一方だけを聞いて裁けば、誤らない者は少ないでしょう。思うに先に入った言葉が主となってしまうと、前の言葉にこだわって後の言葉を信じられなくなります。これは惑いの深いものです。人の悪口やほめ言葉を聞くのも同じです。よく察しないでいられましょうか。
解説
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