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慎思録 / 巻之一

子弟之輩。與放蕩無頼之客往來。則爲彼被倡誘。不陷非僻者鮮矣。故敎子弟。須以擇友爲先。朱子曰。劉元城有謂。曰。子弟寧可終歲不讀書。不可一日近小人。此言極有理。夫子弟終歲不讀書。固可爲太不佳。然一日近小人。則其禍不可量。豈終歲不讀書之比耶。然則子弟之交游。可不祗懼審擇耶。豈啻交友而已耶。雖子弟之左右僕從。亦不可不擇。葢少年未有定見。聞言則易遷。憸邪之言。便侫之說。易入。可不恐哉。

新字:子弟之輩。与放蕩無頼之客往来。則為彼被倡誘。不陥非僻者鮮矣。故教子弟。須以択友為先。朱子曰。劉元城有謂。曰。子弟寧可終歳不読書。不可一日近小人。此言極有理。夫子弟終歳不読書。固可為太不佳。然一日近小人。則其禍不可量。豈終歳不読書之比耶。然則子弟之交游。可不祗懼審択耶。豈啻交友而已耶。雖子弟之左右僕従。亦不可不択。葢少年未有定見。聞言則易遷。憸邪之言。便侫之説。易入。可不恐哉。

書き下し

子弟の輩、放蕩無頼の客と往来すれば、則ち彼が為に倡誘せられて、非僻に陥らざる者鮮し。故に子弟を教ふるは、須らく友を択ぶを以て先と為すべし。朱子曰く、劉元城謂へること有り。曰く、子弟は寧ろ終歳書を読まざるべし。一日も小人に近づくべからずと。此の言極めて理有り。夫れ子弟の終歳書を読まざるは、固より太だ佳からずと為すべし。然れども一日小人に近づけば、則ち其の禍量るべからず。豈に終歳書を読まざるの比ならんや。然らば則ち子弟の交游、祗み懼れて審らかに択ばざるべけんや。豈に啻だ友に交はるのみならんや。子弟の左右の僕従と雖も、亦択ばざるべからず。蓋し少年は未だ定見有らず、言を聞けば則ち遷り易し。憸邪の言、便佞の説、入り易し。恐れざるべけんや。

現代語訳

若い者が、放蕩で無頼な者と行き来すれば、その者に誘われて、道に外れたことに陥らない者は少ないのです。だから若い者を教えるには、友を択ぶことを先にしなければなりません。朱子は「劉元城が言ったことがある。若い者は一年中本を読まなくてもよいが、一日たりとも小人に近づいてはならない、と」と言いました。この言葉はきわめて道理があります。若い者が一年中本を読まないのは、もとよりたいへん良くないことです。しかし一日小人に近づけば、その禍は量りしれません。一年中本を読まないことの比ではありません。そうであれば、若い者の交友は、慎み恐れて詳しく択ばずにいられましょうか。友との交わりだけではありません。若い者の身の回りの召使いであっても、択ばなければなりません。若者はまだ定まった考えがなく、言葉を聞けば移りやすいのです。邪な言葉やへつらいの説が入りやすいのです。恐れずにいられましょうか。

解説

子どもの教育で最も大事なのは交友の選択だと説いた条です。劉元城は北宋の劉安世で、司馬光の門人として直言で知られた人物です。一年本を読まないことより、一日小人に近づくことの害が大きいという言葉は強烈ですが、若者は定見がなく影響を受けやすいという観察に基づいています。益軒は『和俗童子訓』で子どもの教育を体系的に論じ、身の回りの人選びの大切さを説きました。親や上司が、若い人の置かれる環境や人間関係に目を配ることの意味を考えさせます。

この章句が説くこと

交友教育子弟小人環境

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