慎思録 / 巻之一
古語云。知人謂之知。自知謂之明。是言自知最難也。然知人亦甚難。葢依其知愚奸直邪正。隱于其心曲。而不易察也。若夫自知者。是吾之心曲所獨知。其是非曲直。誠可易明。却爲最難者。何耶。葢衆人私意蔽固。徃往自是自足。以不知爲知之。以未能爲既能。是以自知爲最難。世有自夸之人。是愚之甚者也。何則自夸者。不能自知。不能自知者。無照察之明。而然也。莊子曰。知其愚者。非大愚。此言却是。
新字:古語云。知人謂之知。自知謂之明。是言自知最難也。然知人亦甚難。葢依其知愚奸直邪正。隠于其心曲。而不易察也。若夫自知者。是吾之心曲所独知。其是非曲直。誠可易明。却為最難者。何耶。葢衆人私意蔽固。往往自是自足。以不知為知之。以未能為既能。是以自知為最難。世有自夸之人。是愚之甚者也。何則自夸者。不能自知。不能自知者。無照察之明。而然也。荘子曰。知其愚者。非大愚。此言却是。
書き下し
古語に云ふ、人を知る之を知と謂ひ、自ら知る之を明と謂ふと。是れ自ら知ることの最も難きを言ふなり。然れども人を知ることも亦甚だ難し。蓋し其の知愚奸直邪正に依る所、其の心曲に隠れて、察し易からざればなり。夫の自ら知る者の若きは、是れ吾が心曲の独り知る所なり。其の是非曲直、誠に明らかにし易かるべし。却りて最も難しと為すは、何ぞや。蓋し衆人は私意蔽固にして、往往自ら是とし自ら足れりとし、知らざるを以て之を知ると為し、未だ能くせざるを以て既に能くすと為す。是を以て自ら知るを最も難しと為す。世に自ら夸るの人有り。是れ愚の甚だしき者なり。何となれば則ち自ら夸る者は、自ら知ること能はず。自ら知ること能はざる者は、照察の明無くして、然るなり。荘子曰く、其の愚を知る者は、大愚に非ずと。此の言却りて是なり。
現代語訳
古い言葉に「人を知るのを知といい、自分を知るのを明という」とあります。これは自分を知ることが最も難しいと言っているのです。しかし人を知ることもまた非常に難しいものです。その人が賢いか愚かか、ずるいか正直か、邪か正かは、心の奥に隠れていて、見抜きにくいからです。自分を知ることは、自分の心の奥を自分だけが知っているのですから、その是非や曲直は本当なら明らかにしやすいはずです。それなのにかえって最も難しいのはなぜでしょう。普通の人は私心で凝り固まり、しばしば自分を正しいとし満足して、知らないことを知っているとし、まだできないことをもうできるとするからです。それで自分を知ることが最も難しいのです。世の中には自分を誇る人がいます。これは愚かさのはなはだしい者です。なぜなら自分を誇る者は自分を知ることができず、自分を知ることができない者は、照らし見る明るさがないからそうなるのです。荘子は「自分の愚かさを知っている者は、大愚ではない」と言いました。この言葉はかえって正しいのです。
解説
この章句が説くこと
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老子・第8章上善は水の若し。水は善く万物を利して争わず、衆人の悪む所に処る。故に道に幾し。居は地を善しとし、心は淵を善しとし、与は仁を善しとし、言は信を善しとし、正は治を善しとし、事は能を善しとし、動は時を善しとす。夫れ唯だ争わず、故に尤め無し。
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史記 老子韓非列伝老子は、楚の苦県厲郷曲仁里の人なり。姓は李氏、名は耳、字は耼、周の守藏室の史なり。孔子、周に適き、将に礼を老子に問はんとす。老子曰く、「子の言ふ所の者は、其の人と骨と皆已に朽つ。独り其の言在るのみ。且つ君子は其の時を得ば則ち駕し、其の時を得ざれば則ち蓬累して行く。吾之を聞く、良賈は深く藏して虚しきが若く、君子は盛徳あるも容貌は愚なるが若し、と。子の驕気と多欲、態色と淫志を去れ。是れ皆子の身に益無し。吾が以て子に告ぐる所は、是くの若きのみ」と。孔子去り、弟子に謂ひて曰く、「鳥は、吾其の能く飛ぶを知る。魚は、吾其の能く游ぐを知る。獣は、吾其の能く走るを知る。走る者には以て罔を為す可く、游ぐ者には以て綸を為す可く、飛ぶ者には以て矰を為す可し。龍に至りては、吾其の風雲に乗りて天に上るを知る能はず。吾今日老子を見るに、其れ猶ほ龍のごときか」と。
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