慎思録 / 巻之一
理欲不兩立。纔不主乎彼。則主乎此。是學者之所以常存敬畏。而不可須臾離道也。學者雖講習於正學。然而理有通塞。心有偏正。故雖同學之人。所見不能無同異。是以朋友之議論。相與須虛己受人。捨其邪取其正。辨其異而歸其同。苟偏執己見。自是自夸。强辨好勝之人。未足與議也。
新字:理欲不両立。纔不主乎彼。則主乎此。是学者之所以常存敬畏。而不可須臾離道也。学者雖講習於正学。然而理有通塞。心有偏正。故雖同学之人。所見不能無同異。是以朋友之議論。相与須虚己受人。捨其邪取其正。弁其異而帰其同。苟偏執己見。自是自夸。強弁好勝之人。未足与議也。
書き下し
理欲は両立せず。纔かに彼を主とせざれば、則ち此を主とす。是れ学者の常に敬畏を存して、須臾も道を離るべからざる所以なり。学者正学を講習すと雖も、然り而して理に通塞有り、心に偏正有り。故に同学の人と雖も、見る所同異無きこと能はず。是を以て朋友の議論は、相与に須らく己を虚しくして人に受け、其の邪を捨てて其の正を取り、其の異を弁じて其の同に帰すべし。苟も己が見に偏執し、自ら是とし自ら夸り、強弁して勝つことを好むの人は、未だ与に議するに足らざるなり。
現代語訳
天理と人欲は両立しません。少しでも一方を主としなければ、もう一方が主となります。これが、学ぶ者が常に敬い畏れる心を保ち、片時も道を離れてはならない理由です。学ぶ者が正しい学問を講じ習っていても、道理には通じるところとふさがるところがあり、心には偏りと正しさがあります。だから同じく学ぶ人でも、見方に違いがないわけにはいきません。そこで友人との議論では、互いに自分を空しくして人から受け入れ、誤りを捨てて正しさを取り、違いを見分けて共通するところに帰すべきです。もし自分の考えに偏ってこだわり、自分を正しいとして誇り、強引に言い張って勝つことを好むような人は、共に議論するには足りません。
解説
天理と人欲の緊張関係と、学友との議論の心得を述べた条です。理欲は両立しないというのは朱子学の基本的な見方で、心の主人が天理でなければ、すぐに人欲が主人になると考えます。だからこそ常に敬畏を保てと言うのです。後半は、同じ学問をしていても見方は分かれるものだと認めたうえで、勝ち負けではなく正しさと共通点を探す議論を勧めています。会議や打ち合わせで、相手を言い負かすことが目的になっていないかを振り返るきっかけになります。
この章句が説くこと
理欲敬畏議論謙虚朋友
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