師導古典を学びたいすべての人に

慎思録 / 巻之一

胡敬齋說敬字一節甚佳。曰。朱子說畏字。是敬之正意。篤信曰。敬字合於程子謝上蔡尹和靖朱子之說而見之。則意義始明備矣。敬是畏字之意。畏則自然主一而無適。且常惺惺收歛。不容一物。此數說。皆是畏字中所在。畏只是戰戰競競。小心翼翼之意。葢以畏字說敬。是朱子晩年之說。可爲敬之正義。後世學者不知敬之義。偏執於敬。而被束縛。是以蔽固深矣。所以去敬益遠也。

新字:胡敬斎説敬字一節甚佳。曰。朱子説畏字。是敬之正意。篤信曰。敬字合於程子謝上蔡尹和靖朱子之説而見之。則意義始明備矣。敬是畏字之意。畏則自然主一而無適。且常惺惺収歛。不容一物。此数説。皆是畏字中所在。畏只是戦戦競競。小心翼翼之意。葢以畏字説敬。是朱子晩年之説。可為敬之正義。後世学者不知敬之義。偏執於敬。而被束縛。是以蔽固深矣。所以去敬益遠也。

書き下し

胡敬斎、敬の字を説く一節甚だ佳し。曰く、朱子の畏の字を説くは、是れ敬の正意なりと。篤信曰く、敬の字は、程子・謝上蔡・尹和靖・朱子の説を合はせて之を見れば、則ち意義始めて明備す。敬は是れ畏の字の意なり。畏るれば則ち自然に一を主として適くこと無し。且つ常に惺惺として収斂し、一物をも容れず。此の数説は、皆是れ畏の字の中に在る所なり。畏は只是れ戦戦競競、小心翼翼の意なり。蓋し畏の字を以て敬を説くは、是れ朱子晩年の説にして、敬の正義と為すべし。後世の学者敬の義を知らず、敬に偏執して束縛せらる。是を以て蔽固深し。敬を去ること益遠き所以なり。

現代語訳

胡敬斎が敬の字を説いた一節は非常によいものです。「朱子が畏の字で説いたのが、敬の正しい意味である」と言っています。私篤信が思うに、敬の字は、程子・謝上蔡・尹和靖・朱子の説を合わせて見ると、意味が初めてはっきり備わります。敬は畏の字の意味です。畏れれば自然に一つを主として他へ行かず、また常に目覚めていて心を引き締め、一物も入れません。これらいくつかの説は、どれも畏の字の中にあるものです。畏とはただ、恐れ慎み、細心に慎み深いという意味です。畏の字で敬を説くのは朱子晩年の説で、敬の正しい意味とすべきです。後世の学ぶ者は敬の意味を知らず、敬に偏ってこだわり束縛されています。それで頑なさが深くなり、ますます敬から遠ざかるのです。

解説

朱子学の諸説を束ねて、敬の核心を「畏」の一字に見定めた条です。程子は「主一無適」、謝上蔡は「常惺惺」、尹和靖は「収斂して一物をも容れず」と敬を説きました。胡敬斎は明の朱子学者胡居仁で、益軒はその見方に賛同しています。「戦戦兢兢」「小心翼翼」はどちらも『詩経』の語です。前条と合わせて読むと、敬とは自分を縛ることではなく、大切なものを前にしたときの自然な畏れだと分かります。仕事への敬意も、力みではなく畏れの感覚から生まれるのでしょう。

この章句が説くこと

主一朱子程子

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる