新論 / 長計
夫天下大業、萬世長策、固非朝夕之可就、 天祖之業、待 神武而開、 崇神而大、及 聖子神孫繼述不怠、而皇化洽海内也、今畫一定之策、立不拔之基、必當内自 中國、外曁百蠻、上原於太初、下要於無窮、遵 神聖之彝訓、紹 東照之大烈、貽謀孫子、繼繼承承、千萬世如一日、必拯四海萬國於塗炭、使天地間無復有西夷之妖敎、中原赤子、永免於胡羯之欺罔然後已、其規模立於内者如此、乃可以外應無窮之變矣、
新字:夫天下大業、万世長策、固非朝夕之可就、 天祖之業、待 神武而開、 崇神而大、及 聖子神孫継述不怠、而皇化洽海内也、今画一定之策、立不抜之基、必当内自 中国、外曁百蠻、上原於太初、下要於無窮、遵 神聖之彝訓、紹 東照之大烈、貽謀孫子、継継承承、千万世如一日、必拯四海万国於塗炭、使天地間無復有西夷之妖教、中原赤子、永免於胡羯之欺罔然後已、其規模立於内者如此、乃可以外応無窮之変矣、
書き下し
夫れ天下の大業、万世の長策は、固より朝夕の就すべきに非ず。天祖の業は、神武を待ちて開け、崇神にして大いに、聖子神孫継述して怠らざるに及びて、皇化海内に洽し。今一定の策を画し、不抜の基を立つるは、必ず当に内は中国自りし、外は百蛮に曁び、上は太初に原づき、下は無窮に要し、神聖の彝訓に遵ひ、東照の大烈を紹ぎ、謀を孫子に貽し、継継承承して、千万世一日の如く、必ず四海万国を塗炭より拯ひ、天地の間をして復た西夷の妖教有ること無く、中原の赤子をして、永く胡羯の欺罔を免れしめて然る後に已むべし。其の規模の内に立つ者此くの如くにして、乃ち以て外無窮の変に応ずべし。
現代語訳
そもそも天下の大事業、万世の長い策は、もとより朝夕に成し遂げられるものではない。天祖の事業は、神武天皇を待って開かれ、崇神天皇によって大きくなり、聖なる子孫が受け継いで怠らなかったことで、天皇の教化が国中に行き渡った。いま一定の策を立て、揺るがない基を築くには、必ず内はわが国から始めて外は多くの異国にまで及び、上は太古に基づき下は無窮の未来を見据え、神聖の不変の教えに従い、東照宮(徳川家康)の大いなる功業を受け継ぎ、謀を子孫に残して代々継承し、千万世を一日のように続け、必ず天下万国を苦しみから救い、天地の間に二度と西洋の妖しい教えがないようにし、国の民が永く夷狄の欺きから免れるようになって、はじめてやめるべきである。その規模が内にこのように立ってこそ、外の限りない変化に応じることができる。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』耕柱公孟子曰く、「君子は作らず、術ぶるのみ」と。子墨子曰く、「然らず。人の其れ君子ならざる者は、古の善き者は誅がず、今や善き者は作らず。其の次に君子ならざる者は、古の善き者は遂げず、已に善有れば則ち之を作り、善の己より出でんことを欲す。今、誅ぎて作らざるは、是れ遂ぐるを好まずして作る者に異なる所無きなり。吾れ以為えらく、古の善き者は則ち之を誅ぎ、今の善き者は則ち之を作り、善の益ます多からんことを欲すと」と。
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『武士道』第十六章 武士道の命脈・七百年に蓄積したる動量其メーソニック・サイン明亮なることは、個々の間、暗号を有せずしてなお能く直ちに感通するを得るに足るものあり、となす。武士道の我国民、特に士林に印象したる性格は、之を以て種属の具有する不変の要素を形成するものなりと称するを得ずと雖、なお之れが活力を保有せることは、復た疑を容れず。武士道もしただ物理力に過ぎずとすとも、なお既往七百年の間に蓄積したる動量は、俄然停止するを得べきに非ず。武士道はただ遺伝によりてのみ継承したりとすとも、其感化の範囲はすこぶる広大ならずんばあらず。試みに思へ、仏国経済学者ケソン氏が、仮に一世紀を人間三代と定めて打算せば、『吾人は各自其血管中に、紀元一千年に生存したる、少くも二千万人の血液を伝ふるものなり』と云へるを。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「堯舜由り湯に至るまで、五百有餘歲。禹・皋陶の若きは、則ち見て之を知る。湯の若きは、則ち聞きて之を知る。湯由り文王に至るまで、五百有餘歲。伊尹・萊朱の若きは、則ち見て之を知る。文王の若きは、則ち聞きて之を知る。文王由り孔子に至るまで、五百有餘歲。太公望・散宜生の若きは、則ち見て之を知る。孔子の若きは、則ち聞きて之を知る。孔子由り而來今に至るまで、百有餘歲。聖人の世を去ること、此の若く其れ未だ遠からざるなり。聖人の居に近きこと、此の若く其れ甚しきなり。然り而して有ること無しとせば、則ち亦た有ること無からん。」
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『驢鞍橋』卷下因に云ふ、大形昔より師一人にして、二代になれば、早や衰ふと見えたり。然ればこそ、仏弟子より此の位有る也。仏経には勇猛精進と多く説き給ふに、その後誰れでも沙汰したる人を聞かす、若し沙汰せば、先つ迦葉のめされんすか早や替りたると見えたり。総而昔も今の如く、善き者出でにくかるべし。替り有るべからず。皆知らずして仏の御出世なる間、誰れをも彼れをも善からんずと計思はるゝ也。時に僧問ふ、普化は仏境界の人と承る、何ぞ度人なきや。師曰く、中中さつさつとしたる活境界にて、度人も何も有る様の機に非ず、是れはよく我知ると也。
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