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新論 / 長計

祀禮廢則天人隔絶、而民生易慢、游魂不得安、而生者怵於身後、民無固志、冥福陰禍之説、由此而入焉、徼幸於死後、忘義於生前、避政令如避寇、慕異言如慕慈母、心放於外、而無主於内也、身後禍福、目所未嘗覩、故邪徒得乘民心所怵而恐哄之、亦不足怪也、

新字:祀礼廃則天人隔絶、而民生易慢、游魂不得安、而生者怵於身後、民無固志、冥福陰禍之説、由此而入焉、徼幸於死後、忘義於生前、避政令如避寇、慕異言如慕慈母、心放於外、而無主於内也、身後禍福、目所未嘗睹、故邪徒得乗民心所怵而恐哄之、亦不足怪也、

書き下し

祀礼廃すれば則ち天人隔絶して、民生慢り易く、游魂安んずるを得ずして、生者身後に怵る。民に固き志無く、冥福陰禍の説、此に由りて入る。幸を死後に徼めて、義を生前に忘れ、政令を避くること寇を避くるが如く、異言を慕ふこと慈母を慕ふが如し。心外に放たれて、内に主無きなり。身後の禍福は、目未だ嘗て覩ざる所、故に邪徒民心の怵るる所に乗じて之を恐哄することを得るも、亦怪しむに足らざるなり。

現代語訳

祭祀の礼が廃れると、天と人とが隔たって断たれ、民の暮らしはおごり怠りやすくなり、さまよう魂は安らぐことができず、生きている者は死後のことを恐れる。民には固い志がなくなり、冥土の福や見えない禍の説がここから入りこむ。死後の幸運を求めて生前の義を忘れ、政令を避けることは賊を避けるようで、異国の言葉を慕うことは慈母を慕うようになる。心が外へ放たれて、内に主(よりどころ)がないのである。死後の禍福は、目でかつて見たことのないものだから、邪な徒が民心の恐れにつけこんで脅したりそそのかしたりできるのも、怪しむに足りない。

解説

前段の裏返しとして、正志斎は祀礼が廃れたときに何が起こるかを描く。天と人が切り離され、死後への不安が募ると、人は冥福や陰禍を説く教えに引き寄せられ、政令を避けて異言を慕うようになるという。ここでの「邪徒」は主にキリスト教の宣教を指し、その見方は禁教下の江戸後期の危機意識から出た正志斎の主張である。ただ、心が外へ放たれ内に主がないとき、人は不安を突いてくる言葉に弱いという指摘は普遍的である。組織でも、拠りどころが空いた場所には、不安を煽る噂や外の論理が入りこむ。

この章句が説くこと

祭祀民心不安異端志長計

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