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新論 / 長計

崇神天皇即位之初、人或有背叛、時方襲上古風、祭 天祖於殿内、 天皇敬畏不自安、乃移而奉安神器於笠縫、顯然祭於外、使天下有所瞻仰、其所以敬事尊奉之意、與天下共之、而天下皆知尊 天祖以敬 朝廷、〈祭於殿内者、可以盡誠敬於内、而未可以明所尊敬之義於天下、 天皇乃祭之於外、公然與天下共敬事之、誠敬之意、著於天下、天下不言而喩焉、夫以一身而盡誠敬、猶可以感神明、況萃天下之誠敬、以奉一神乎、古人云、以天下養、養之至也、亦可以譬是義、故周人嚴親之至、亦以四海之内各以其職來祭爲大、是以宗祀文王於明堂、與其九州、共敬事之、不獨享之廟中而止、蓋亦是意也、〉

新字:崇神天皇即位之初、人或有背叛、時方襲上古風、祭 天祖於殿内、 天皇敬畏不自安、乃移而奉安神器於笠縫、顕然祭於外、使天下有所瞻仰、其所以敬事尊奉之意、与天下共之、而天下皆知尊 天祖以敬 朝廷、〈祭於殿内者、可以尽誠敬於内、而未可以明所尊敬之義於天下、 天皇乃祭之於外、公然与天下共敬事之、誠敬之意、著於天下、天下不言而喩焉、夫以一身而尽誠敬、猶可以感神明、況萃天下之誠敬、以奉一神乎、古人云、以天下養、養之至也、亦可以譬是義、故周人厳親之至、亦以四海之内各以其職来祭為大、是以宗祀文王於明堂、与其九州、共敬事之、不独享之廟中而止、蓋亦是意也、〉

書き下し

崇神天皇即位の初め、人或いは背叛する有り。時に方に上古の風を襲ひ、天祖を殿内に祭る。天皇敬畏して自ら安んぜず、乃ち移して神器を笠縫に奉安し、顕然として外に祭り、天下をして瞻仰する所有らしむ。其の敬事尊奉する所以の意、天下と之を共にして、天下皆天祖を尊びて以て朝廷を敬ふことを知る。(殿内に祭る者は、以て誠敬を内に尽くすべくして、未だ以て尊敬する所の義を天下に明らかにすべからず。天皇乃ち之を外に祭り、公然として天下と共に之を敬事す。誠敬の意、天下に著はれて、天下言はずして喩る。夫れ一身を以て誠敬を尽くすすら、猶ほ以て神明を感ぜしむべし。況んや天下の誠敬を萃めて、以て一神を奉ずるをや。古人云ふ、天下を以て養ふは、養の至りなりと。亦以て是の義に譬ふべし。故に周人の親を厳にするの至りも、亦四海の内各其の職を以て来たり祭るを以て大と為す。是を以て文王を明堂に宗祀し、其の九州と共に之を敬事して、独り之を廟中に享するのみにして止まず。蓋し亦是の意なり。)

現代語訳

崇神天皇が即位した初め、背き叛く者があった。当時は上古の風習を受け継いで、天祖を宮殿の内に祭っていた。天皇は恐れ慎んで心安らかでなく、そこで神器を笠縫(笠縫邑)に移して奉安し、はっきりと外で祭り、天下の人々が仰ぎ見るところとした。神を敬い尊び奉る心を天下と共にしたので、天下の人々はみな天祖を尊んで朝廷を敬うことを知った。(宮殿の内で祭れば、誠と敬を内に尽くすことはできても、尊び敬う義を天下に明らかにすることはできない。そこで天皇は外で祭り、公然と天下と共に神を敬い仕えた。誠と敬の心が天下に現れ、天下の人々は言われなくとも悟った。一人の身で誠敬を尽くしてさえ神明を感応させることができる。まして天下の誠敬を集めて一柱の神を奉るならなおさらである。古人(『孟子』)は「天下をもって親を養うのは、養うことの極みである」と言った。これもこの義のたとえにできる。だから周の人々が親を尊ぶことの極みとしたのも、四海の内の人々がそれぞれ職分に応じて祭りに来ることを大事としたのである。それで文王を明堂に祀り、九州(天下)の人々と共に敬い仕え、ただ廟の中で供え物をするだけにとどめなかった。これもまた同じ意である。)

解説

崇神天皇が宮中に祭っていた神器を笠縫邑に移し、公然と外で祭ったという『日本書紀』の記事を、正志斎は人心を統べる祭祀の手本として取り上げる。割注では、内で祭れば誠は尽くせても敬う義を天下に示せないと説き、『孟子』万章上の「天下を以て養ふは養の至り」や、『孝経』の文王を明堂に宗祀した故事を引いて、天下の誠敬を一つに集める意義を論じる。祭祀を政治統合の要とするのは後期水戸学の特色である。価値を内輪に閉じず公に示して共有することで人の心がまとまるという点は、組織の理念浸透にも通じる。

この章句が説くこと

祭祀民心敬神国体長計孝経

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