新論 / 長計
夫我有一定之略、以御夷狄、既足以一民志矣、今若欲益振起而固結之、有可感激奮勵効功於一時者、有可漸磨積累期成於久遠者、効功於一時者、投機應變、在主將能否、期成於久遠者、非達觀長視千萬世、而立不拔之業、宣布皇化、則不能爲也、是故慶賞威罰、所以鼓動一時、而典禮敎化、所以綱紀永世也、故曰、善政民畏之、善敎民愛之、畏之者一時之威、愛之者永世之固、故又曰、善敎得民心也、
新字:夫我有一定之略、以御夷狄、既足以一民志矣、今若欲益振起而固結之、有可感激奮励効功於一時者、有可漸磨積累期成於久遠者、効功於一時者、投機応変、在主将能否、期成於久遠者、非達観長視千万世、而立不抜之業、宣布皇化、則不能為也、是故慶賞威罰、所以鼓動一時、而典礼教化、所以綱紀永世也、故曰、善政民畏之、善教民愛之、畏之者一時之威、愛之者永世之固、故又曰、善教得民心也、
書き下し
夫れ我一定の略有りて、以て夷狄を御すれば、既に以て民志を一にするに足れり。今若し益振起して之を固結せんと欲せば、感激奮励して功を一時に効すべき者有り、漸磨積累して成を久遠に期すべき者有り。功を一時に効す者は、機に投じ変に応じ、主将の能否に在り。成を久遠に期する者は、千万世を達観長視して、不抜の業を立て、皇化を宣布するに非ざれば、則ち為すこと能はざるなり。是の故に慶賞威罰は、一時を鼓動する所以にして、典礼教化は、永世を綱紀する所以なり。故に曰く、善政は民之を畏れ、善教は民之を愛すと。之を畏るる者は一時の威、之を愛する者は永世の固なり。故に又曰く、善教は民心を得るなりと。
現代語訳
そもそもわが方に一定の策略があって夷狄を制するなら、それだけで民の志を一つにするのに足りる。いっそう奮い立たせてそれを固めようとするなら、人を感激させ奮い立たせて一時に成果を上げるべきものと、少しずつ磨き積み重ねて遠い将来の完成を期すべきものとがある。一時に成果を上げるものは、機に投じ変化に応じることで、主将の能力にかかっている。遠い将来の完成を期すものは、千万世を見通して揺るがない事業を立て、天皇の徳化を広めるのでなければできない。だから褒賞と刑罰は一時を奮い立たせるためのものであり、儀礼と教化は永遠を貫く筋道を立てるためのものである。だから(『孟子』に)「よい政治は民がこれを畏れ、よい教えは民がこれを愛する」と言う。畏れるのは一時の威であり、愛するのは永遠の固めである。だからまた「よい教えは民の心を得る」と言うのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
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『韓非子』外儲説右下第三十五夫れ賞は之を勧むる所以にして、毀存す。罰は之を禁ずる所以にして、誉加はる。民中立して由る所を知らず、
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孫子・行軍篇數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。
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『韓非子』外儲説右下第三十五一。賞罰共にすれば則ち禁令行はれず。何を以て之を明らかにする。之を明らかにするに造父・於期を以てす。
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呂氏春秋・義賞①春氣至れば則ち草木産し、秋氣至れば則ち草木落つ。産と落とは之を使しむるもの或り。自ら然るに非ざるなり。故に之を使しむる者至れば、物為さざる無く、之を使しむる者至らざれば、物為す可き無し。古の人、其の使しむる所以を審らかにす、故に物、用を為さざる莫し。賞罰の柄、此れ上の使しむる所以なり。其の以て加うる所の者義なれば、則ち忠信親愛の道彰わる。久しく彰われて愈々長ずれば、民の之に安んずること性の若し。此を之れ教成ると謂う。教成れば則ち厚賞嚴威有りと雖も禁ずること能わず。故に善く教うる者は、義以て賞罰して教成り、教成りて賞罰禁ずること能わず。賞罰を用いて當らざるも亦た然り。姦偽賊亂貪戻の道興り、久しく興りて息まざれば、民の之を讎うること性の若し。戎夷胡貉巴越の民は、是を以て厚賞嚴罰有りと雖も、禁ずること能わず。郢人の兩版を以て垣するや、吳起之を變じて惡まる。賞罰易れば民安くんぞ樂しまん。氐羌の民、其れ虜となるや、其の係纍を憂えずして、其の死するに焚かれざるを憂うるは、皆、邪に成り、且つ成りて民を賊う。故に賞罰の加うる所は、慎まざる可からず。
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