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中朝事実 / 賞罰章・賞罰の始まりと人皇の行賞

二神共生日神。此子光華明彩。照徹於六合之內。故二神喜曰。吾息雖多。未有若此靈異之兒。不宜久留此國。自當早送于天。而授以天上之事。故以天柱擧於天上。次生月神。其光彩亞日。可以配日而治。故亦送之于天。次生蛭兒。雖已三歲。脚猶不立。故載之於天磐櫲樟船。而順風放棄。次生素戔鳴尊。此神有勇悍以安忍。且常以哭泣爲行。故令國內人民多以夭折。復使靑山變枯。故其父母二神勅素戔鳴尊。汝甚無道。不可以君臨宇宙。固當遠適之於根國矣。遂逐之。 謹按。是二神賞善懲惡不私之義也。蓋人情必有喜怒。有喜怒。則有好惡。好惡必偏所其私。而不得其至公。則善惡混而不正。故雖神聖。亦未嘗無取捨。取捨之道。其分始於親。親以不私。則所其及可以知也。今欲命中州之主。而於其四子。其名分之嚴。其取捨之正。是乃萬世賞罰之源也。 天神遣經津主神武甕槌神。使平定葦原中國。於是大巳貴神薦岐神於二神。故經津主神以岐神爲鄕導。周流削平。有逆命者。卽加斬戮。歸順者。仍加褒美。 謹按。是賞罰之始也。凡賞刑者。齊其過不及之道。而勸導人於善。懲示惡於人之事也。人之氣質不同。俗之風敎不正。則或習惡而爲恒。或以暴逆爲業。故刑以威之。罰以懲之者。君子所以愛之。而非惡〔去聲〕以害焉。不刑賞以御之。則善惡不明。君子之道消。小人之道長。可不愼乎。〔以上賞罰之義。〕 大物主神及事代主神。乃合八十萬神於天高市。帥以昇天。陳其誠款之至。時高皇產靈尊勅大物主神。汝若以國神爲妻。吾猶謂汝有疏心。故今以吾女三穗津姬。配汝爲妻。宜領八十萬神。永爲皇孫奉護。乃使還降之。 謹按。是天神行賞之始也。 神武帝卽位二年春二月甲辰朔乙巳。天皇定功行賞。賜道臣命宅地。居于築坂邑。以寵異之。亦使大來目居于畝傍山以西川邊之地。今號來目邑。此其緣也。以珍彥爲倭國造。〔珍彥此云于磐毗故。〕又給弟猾猛田邑。因爲猛田縣主。是莵田主水部遠祖也。弟磯城名黑速。爲磯城縣主。復以劒根者爲葛城國造。又頭八咫烏亦入賞例。其苗裔卽葛野主殿縣主部是也。 謹按。是人皇行賞之始也。有功則有賞祿。君臣之禮也。然不定其功。則大小輕重不正。而有賞失其道。故定功而後行賞。是明世之事也。帝初東征之間。奉策荷戈。自當難之功臣勇士。不可擧數。今行賞之始在道臣命。而及頭八咫烏。其定功之道。大哉公哉。〔以上行賞之禮。〕

新字:二神共生日神。此子光華明彩。照徹於六合之内。故二神喜曰。吾息雖多。未有若此霊異之児。不宜久留此国。自当早送于天。而授以天上之事。故以天柱挙於天上。次生月神。其光彩亜日。可以配日而治。故亦送之于天。次生蛭児。雖已三歳。脚猶不立。故載之於天磐櫲樟船。而順風放棄。次生素戔鳴尊。此神有勇悍以安忍。且常以哭泣為行。故令国内人民多以夭折。復使青山変枯。故其父母二神勅素戔鳴尊。汝甚無道。不可以君臨宇宙。固当遠適之於根国矣。遂逐之。 謹按。是二神賞善懲悪不私之義也。蓋人情必有喜怒。有喜怒。則有好悪。好悪必偏所其私。而不得其至公。則善悪混而不正。故雖神聖。亦未嘗無取捨。取捨之道。其分始於親。親以不私。則所其及可以知也。今欲命中州之主。而於其四子。其名分之厳。其取捨之正。是乃万世賞罰之源也。 天神遣経津主神武甕槌神。使平定葦原中国。於是大巳貴神薦岐神於二神。故経津主神以岐神為郷導。周流削平。有逆命者。即加斬戮。帰順者。仍加褒美。 謹按。是賞罰之始也。凡賞刑者。斉其過不及之道。而勧導人於善。懲示悪於人之事也。人之気質不同。俗之風教不正。則或習悪而為恒。或以暴逆為業。故刑以威之。罰以懲之者。君子所以愛之。而非悪〔去声〕以害焉。不刑賞以御之。則善悪不明。君子之道消。小人之道長。可不慎乎。〔以上賞罰之義。〕 大物主神及事代主神。乃合八十万神於天高市。帥以昇天。陳其誠款之至。時高皇産霊尊勅大物主神。汝若以国神為妻。吾猶謂汝有疏心。故今以吾女三穂津姫。配汝為妻。宜領八十万神。永為皇孫奉護。乃使還降之。 謹按。是天神行賞之始也。 神武帝即位二年春二月甲辰朔乙巳。天皇定功行賞。賜道臣命宅地。居于築坂邑。以寵異之。亦使大来目居于畝傍山以西川辺之地。今号来目邑。此其縁也。以珍彦為倭国造。〔珍彦此云于磐毗故。〕又給弟猾猛田邑。因為猛田県主。是莵田主水部遠祖也。弟磯城名黒速。為磯城県主。復以劒根者為葛城国造。又頭八咫烏亦入賞例。其苗裔即葛野主殿県主部是也。 謹按。是人皇行賞之始也。有功則有賞禄。君臣之礼也。然不定其功。則大小軽重不正。而有賞失其道。故定功而後行賞。是明世之事也。帝初東征之間。奉策荷戈。自当難之功臣勇士。不可挙数。今行賞之始在道臣命。而及頭八咫烏。其定功之道。大哉公哉。〔以上行賞之礼。〕

書き下し

二神共に日神を生む。此の子、光華明彩にして、六合の內を照徹す。故に二神喜びて曰く、吾が息、多しと雖も、未だ此の若き靈異の兒有らず。宜しく久しく此の國に留むべからず。自ら當に早く天に送りて、授くるに天上の事を以てすべし、と。故に天柱を以て天上に擧ぐ。次に月神を生む。其の光彩、日に亞ぐ。以て日に配して治むべし。故に亦た之を天に送る。次に蛭兒を生む。已に三歲と雖も、脚猶ほ立たず。故に之を天磐櫲樟船に載せて、風に順ひて放ち棄つ。次に素戔鳴尊を生む。此の神、勇悍にして以て安忍あり。且つ常に哭泣を以て行と爲す。故に國內の人民をして多く夭折せしめ、復た靑山をして枯れに變ぜしむ。故に其の父母二神、素戔鳴尊に勅す、汝、甚だ無道なり。以て宇宙に君臨すべからず。固より當に遠く根國に適くべし、と。遂に之を逐ふ。 謹んで按ずるに、是れ二神善を賞し惡を懲らして私せざるの義なり。蓋し人情には必ず喜怒有り。喜怒有れば則ち好惡有り。好惡は必ず其の私に偏り、其の至公を得ざれば、善惡混じて正しからず。故に神聖と雖も、亦た未だ嘗て取捨無くんばあらず。取捨の道は、其の分、親に始まる。親にして以て私せざれば、則ち其の及ぶ所以て知るべきなり。今、中州の主に命ぜんと欲して、其の四子に於て、其の名分の嚴、其の取捨の正、是れ乃ち萬世賞罰の源なり。 天神、經津主神・武甕槌神を遣はし、葦原中國を平定せしむ。是に大巳貴神、岐神を二神に薦む。故に經津主神、岐神を以て鄕導と爲し、周流して削平す。命に逆ふ者有れば、卽ち斬戮を加へ、歸順する者には、仍りて褒美を加ふ。 謹んで按ずるに、是れ賞罰の始めなり。凡そ賞刑は、其の過不及を齊しくするの道にして、人を善に勸導し、惡を人に懲示するの事なり。人の氣質同じからず、俗の風敎正しからざれば、則ち或いは惡を習ひて恒と爲し、或いは暴逆を以て業と爲す。故に刑以て之を威し、罰以て之を懲らすは、君子の之を愛する所以にして、惡〔去聲〕みて以て害するに非ず。刑賞を以て之を御せざれば、則ち善惡明らかならず、君子の道消え、小人の道長ず。愼まざるべけんや。〔以上、賞罰の義。〕 大物主神及び事代主神、乃ち八十萬神を天高市に合し、帥ゐて以て昇天す。其の誠款の至りを陳ぶ。時に高皇產靈尊、大物主神に勅す、汝、若し國神を以て妻とせば、吾猶ほ汝に疏き心有りと謂はん。故に今、吾が女三穗津姬を以て、汝に配して妻と爲す。宜しく八十萬神を領ゐて、永く皇孫の爲に奉護すべし、と。乃ち使して還り降らしむ。 謹んで按ずるに、是れ天神行賞の始めなり。 神武帝卽位二年春二月甲辰朔乙巳、天皇、功を定め賞を行ふ。道臣命に宅地を賜ひ、築坂邑に居らしめ、以て寵異す。亦た大來目をして畝傍山の以西の川邊の地に居らしむ。今、來目邑と號するは、此れ其の緣なり。珍彥を以て倭國造と爲す。〔珍彥、此には于磐毗故と云ふ。〕又た弟猾に猛田邑を給ひ、因りて猛田縣主と爲す。是れ莵田主水部の遠祖なり。弟磯城名は黑速を、磯城縣主と爲す。復た劒根者を以て葛城國造と爲す。又た頭八咫烏も亦た賞例に入る。其の苗裔は卽ち葛野主殿縣主部是れなり。 謹んで按ずるに、是れ人皇行賞の始めなり。功有れば則ち賞祿有るは、君臣の禮なり。然れども其の功を定めざれば、則ち大小輕重正しからずして、賞其の道を失ふこと有り。故に功を定めて後に賞を行ふは、是れ世を明らかにするの事なり。帝初めて東征する間、策を奉じ戈を荷ひ、自ら難に當たる功臣・勇士、擧げて數ふべからず。今、行賞の始め、道臣命に在りて、頭八咫烏に及ぶ。其の功を定むるの道、大なるかな、公なるかな。〔以上、行賞の禮。〕

現代語訳

伊弉諾尊・伊弉冉尊の二神は共に日神を生んだ。この子は光り輝き明るく彩り、天地四方の内を照らし尽くした。そこで二神は喜んで言った。私の子は多いが、まだこのような霊異の子はいない。この国に長くとどめておくべきではない。自ら早く天に送って、天上のことを授けよう、と。そこで天柱を伝って天上に上げた。次に月神を生んだ。その光彩は日に次ぐ。日に並べて治めさせるのがよい。そこでまた天に送った。次に蛭児を生んだ。すでに三歳になっても脚が立たなかった。そこで天磐櫲樟船に載せて、風に任せて放ち棄てた。次に素戔嗚尊を生んだ。この神は勇ましく気が荒く、残忍であった。しかも常に泣きわめくことを行いとした。そのため国内の人民を多く若死にさせ、青山を枯れ山に変えさせた。そこでその父母の二神は素戔嗚尊に勅した。お前はひどく無道である。天地に君臨してはならない。ぜひとも遠く根国へ行け、と。ついにこれを追放した。 素行はこう考える。これは二神が善を賞し悪を懲らし、私しなかった義である。そもそも人情には必ず喜怒があり、喜怒があれば好悪がある。好悪は必ず私に偏り、至公を得なければ、善悪が混じって正しくなくなる。だから神聖であっても、取捨がなかったことはない。取捨の道は、その分け方が親子に始まる。親であっても私しなければ、その及ぶところは知られる。今、中州の主を定めようとして、四人の子について名分の厳しさと取捨の正しさを示したのは、万世の賞罰の源である。 天神は経津主神・武甕槌神を遣わして、葦原中国を平定させた。そこで大己貴神が岐神を二神に推薦した。そこで経津主神は岐神を道案内として、巡って平らげた。命に逆らう者があればすぐに斬り殺し、帰順する者にはほめて賞を加えた。 素行はこう考える。これは賞罰の始めである。およそ賞と刑は、過不及を揃える道であり、人を善に導き励まし、悪を人に懲らし示すことである。人の気質は同じでなく、風俗や教えが正しくなければ、悪を習慣とし、暴力や反逆を生業とする者が出る。だから刑でこれを威し、罰でこれを懲らすのは、君子がこれを愛するからであって、憎んで害するのではない。刑賞で御さなければ、善悪が明らかでなくなり、君子の道が消え、小人の道が盛んになる。慎まずにいられようか。(以上、賞罰の義。) 大物主神と事代主神は、八十万の神を天の高市に集め、率いて昇天した。その真心の至りを述べた。そのとき高皇産霊尊は大物主神に勅した。お前がもし国神を妻にするなら、私はまだお前に疎い心があると言おう。だから今、私の娘の三穂津姫をお前に配して妻とする。八十万の神を率いて、永く皇孫のために守り仕えよ、と。そこで使いとして還らせた。 素行はこう考える。これは天神が賞を行った始めである。 神武天皇即位二年春二月二日、天皇は功を定めて賞を行った。道臣命に宅地を賜い、築坂邑に居らせ、特別に寵愛した。また大来目に畝傍山の西の川辺の地に居らせた。今、来目邑というのはこの縁による。珍彦を倭国造とした。(珍彦は「うずひこ」という。)また弟猾に猛田邑を給い、猛田県主とした。これは莵田の主水部の遠祖である。弟磯城、名は黒速を磯城県主とした。また剣根を葛城国造とした。さらに頭八咫烏も賞の例に入った。その子孫は葛野の主殿県主部である。 素行はこう考える。これは人皇が賞を行った始めである。功があれば賞禄があるのは、君臣の礼である。しかしその功を定めなければ、大小・軽重が正しくならず、賞がその道を失うことがある。だから功を定めたうえで賞を行うのは、世を明らかにすることである。帝が初めて東征する間、策を奉じ戈を荷い、みずから難に当たった功臣・勇士は、数えきれない。いま賞を行う始めが道臣命にあって、頭八咫烏にまで及んでいる。その功を定める道は、なんと大きく、なんと公平であることか。(以上、行賞の礼。)

解説

賞罰章の冒頭で、二神が素戔嗚尊を追放した記述を、私情で親子を扱わない賞罰の源として読み、神武天皇の論功行賞を、功を定めてから賞を与える模範としています。好き嫌いが入れば善悪が混じるという指摘は、評価制度の根本です。神代の記述は『日本書紀』にある伝承で、素行はこれを政治の手本として読みました。人事評価でも、功績の基準を先に定め、身内を特別扱いしないことが組織の信頼を保ちます。
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この章句が説くこと

賞罰二神素戔嗚尊論功行賞道臣命私情

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