韓非子 / 安危第二十五
堯無膠漆之約於當世而道行,舜無置錐之地於後世而德結。能立道於往古而垂德於萬世者之謂明主。
新字:堯無膠漆之約於当世而道行,舜無置錐之地於後世而徳結。能立道於往古而垂徳於万世者之謂明主。
書き下し
堯は膠漆の約を当世に無くして道行はれ、舜は置錐の地を後世に無くして徳結ぶ。能く道を往古に立てて徳を万世に垂るる者、之を明主と謂ふ。
現代語訳
堯は同時代の人々と膠や漆でかためたような固い約束を交わさなくても、その道は行われた。舜は後の世に錐を立てるほどの土地も残さなかったが、その徳は人々の心に結ばれた。遠い昔に道を打ち立て、その徳を万世の後まで伝えることのできる者を明主というのである。
解説
安危篇の結びの一句です。堯は同時代の人と固い約束を交わさなくても道が行われ、舜は子孫に一片の土地も残さなかったのに徳が後世まで伝わりました。個人的な約束や財産ではなく、道と仕組みが残ることで名が伝わるのが明主だという意味です。韓非は堯・舜を理想化する儒家を批判しますが、ここでは法による治世の成功例として堯・舜を引いています。人と人との個別の約束は時とともに薄れますが、正しく立てられた制度は作った人がいなくなっても機能し続けます。事業承継でも、創業者と社員の個人的なつながりに頼るより、理念と仕組みを残す方が、長く組織を支えます。
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『淮南子』主術訓是の故に明主の治は、國に誅せらるる者有るも主に怒り無く、朝に賞せらるる者有るも君 與る無し。誅せらるる者は君を怨まず、罪の當たる所なればなり。賞せらるる者は上を德とせず、功の致す所なればなり。民 誅賞の來たるは、皆な身に在るを知る。故に功を務め業を修めて、贛を君に受けず。是を以て朝廷は蕪れて跡無く、田野は辟けて草無し。故に太上は、下 之有るを知る。橋 直く植立して動かざれば、俯仰 制を焉に取る。人主 靜漠にして躁がざれば、百官 修まるを得。譬えば軍の麾を持つ者のごとし。妄りに指せば則ち亂る。慧は以て大寧するに足らず、智は以て危きを安んずるに足らず。其の堯を譽めて桀を毀るよりは、聰明を掩いて反って其の道を修むるに如かず。
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